ジロを取り巻く派閥闘争の末端

 投獄後、城の警備を担当する近衛このえ団の近衛隊は、ろうに入ったジロに対しありとあらゆる嫌がらせをした。


 本来ならば、王に背く犯罪を犯したとはいえ、王城内の座敷牢に入獄される身分の囚人であれば、入城を許された上級兵の内でも貴族出身者が、それぞれの派閥に選ばれ獄卒となり、入獄した同じ派閥の囚人の牢の警護や身の回りの世話を担当するしきたりがあった。


 であるので、本来ならばガルニエ家の直系一族であるジロの獄卒は親衛隊となるべき所なのだが、前代未聞の大規模亡命という事件発覚から日が浅く、情報も錯綜さくそうし、事実確認をしない事には動き出せないので、親衛隊の動きは極めて鈍かったので、派閥はばつの獄卒派遣を控えた。


 そして、亡命劇の詳細が伝わると、今度はそのガルニエ家の身勝手さゆえにガルニエ家と蜜月みつづきの関係にあった親衛隊は、事態の重大さに対して、まったく身動きが取れなくなっていた。


 ガルニエ家の亡命は、王国どころか大陸中、はては世界中でもまれな亡命劇なうえ、家格が極めて高い家柄の入獄者という事で、獄吏役を辞退した親衛隊の代わりに選ばれるはずであった、中立である王直属の獄吏ごくりではなく、親衛隊・ガルニエ家とは犬猿の仲にあった近衛隊が名乗りを上げた。


 そのうえ、牢の監視や当直を担当する近衛団派閥の獄吏は、通常選ばれる平民出身の雇われ兵卒ではなく、その上司達である貴族の近衛騎士がその任にあたった。



 こうしてジロは絢爛豪華けんらんごうかな座敷牢に入り、一週間経ち自分でも餓死を迎えるかもしれないと思い始めた。



 近衛騎士らが体を調べられれば、王が判断を保留としている拷問ごうもん許可が出ていない為、肉体の損傷があれば、面倒な事になるためだった。

 そして近衛隊はジロに対し、肉体的苦痛よりも飢餓きがをもっていたぶり殺すように方向転換をしたためだった。



 そしてジロがやせ細り始めた頃、城内からようやく心強い救いの手が差し伸べられた。



 ジロの親友であるリーベルトが家の権力を振りかざしながら、なんとか無理やりに動かす事ができた親衛隊の圧力と、団長とマニー・ガルニエの間に師弟関係があり、近衛団から亡命幇助ほうじょをしたと、無実であるのに、そんなそしりを受けていた、神殿騎士団の介入である。



 近衛騎士団・近衛隊と、神殿騎士団・親衛隊は犬猿の仲である。


 近衛騎士団の騎士団長に選抜・任命され、王城すべてを守る事が主目的の近衛隊と、近衛騎士団派以外の上級貴族や有力貴族から選ばれ、王の身だけを守る事が主目的の親衛隊。



 職務内容が重複しているだけに、お互いを嫌悪、あるいは憎悪しあっている。



 神殿騎士団・親衛隊は、近衛騎士団・近衛隊よりも設立の歴史が浅く、昔のペール王が近衛騎士団の力の拡大を恐れたために、神殿騎士団の中から王に直接任命される少数精鋭の親衛隊が誕生したいきさつも双方の団(あるいは隊)の不仲に拍車はくしゃをかけている。



 ガルニエ家は、王族と神殿騎士団、そして自身も所属するその中枢組織の一つ、親衛隊とは深い付き合いがあった。


 そしてジロは牢を出てから数年後に知った事だが、その時に一緒になって動き出したごく少数の有力貴族は先代当主マニー・ガルニエが運営していた初代ガルニエ商会を利用した事のある者達だった。


 その仲は、表向きでは亡命事件後に交友断絶どころか批判すらも声高に叫ぶが、水面下では依然ガルニエ家との仲は依然、良好な関係にあった。



 そういった風に、ジロの祖父マニー、父のサイラス、そして実兄ランスらがペール国内で築き上げたの人徳と財力のお陰なのか、彼らをひそかに慕う人は事件後も多かった。


 ジロが、牢内で謎の餓死に見舞われなかったのは、神殿騎士団、そして先代・先々代当主の影からの支援や助力に寄るところが大きかった。


 そしてその後獄卒は親衛隊内から派遣され、牢内環境の悪化を防ぎ、ジロの命と健康を守った。



そして状況の打破、つまりはジロの釈放を勝ち取れたのは、それらの人々と、エリカ・エピデムの見えざる働きがあったからであった。

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