第15話

「ルノ爺は、本当に死んだのか?」


 テグルヴォの目は、アルザを捉えて離さない。


「この間、手紙が来たんだ。フェ=ヴノワールからだった。ルノ爺だったら考えられないような、実に機械的で味気ない手紙だったよ。いかにも、お偉いさんが書いたような文で、はっきりと書かれていた。ルノ爺は、戦死したって」


 テグルヴォは煙草をくわえ直すと、苦い沈黙を味わうようにゆっくりと吸い込む。そして、ふぅ、と灰色に濁った煙を吐いた。


「確認のしようなんて無かったさ。なんつったって、二、三カ国分離れているんだ、ここからは。どんなモンであれ、受け入れる準備はできている。弟子として、恩人の最期は、ちゃんと聞いておきたいんだ」

「⋯⋯ズルイです、その言い方は」


 アルザは、目に浮かべた涙を隠すようにテグルヴォに背を向ける。それでも、その肩は少しだけ震えていた。


「ええ、確かにルノ爺は──、ルノ爺は、フェ=ヴノワール防衛戦の中で……っ!」


 言い切れずに、頬を涙が伝う。

 それでも、彼は──、弟子として、そして旅をして届ける者として、精一杯の意地を貫いた。


「フェ=ヴノワール防衛戦でっ、戦死しました」

「……そうか」


 言い切ると、堰が決壊して溢れ出すかのように、堰なんて初めから無かったかのように、堪えていたものは自然と言葉になっていた。


「ルノ爺は⋯⋯、僕を逃したんです。こんな、こんな僕をっ!」


 彼は、訴えるようにテグルヴォを見上げた。


「⋯⋯頑張ったんだな、お前は」

「えっ⋯⋯?」


 気がつくと、彼はテグルヴォに抱きしめられていた。

 テグルヴォは彼を、我が子が帰ってきたかのようにしっかりと抱きしめる。それは苦しくもなく、かといって緩いわけでもなく。もし適切な言葉があるならば──、かのようだった。


「………っ……! 僕は、何もできなかったっ、何もできなかったのに……っ!」

「いや、違う。こんなになるまで、頑張ったんだ」


 テグルヴォは、彼の頭をポン、ポンと撫でる。


「……悪かった、訊いてしまって。辛かったな、本当に悪かった」

「いえ、そんなことは……っ!」


 精一杯に首を振って否定しようとしても、テグルヴォに身体を抑え付けられ、彼は少しも身動きが取れなかった。


「ルノ爺は……っ! あの日っ、盗賊と魔獣が一斉に国を襲ってきたあの日⋯⋯っ、隣の地区に入った魔獣を討伐するため……、僕を隣の国へ避難させるための馬車に乗せて……っ、それでっ!」

「⋯⋯流れ弾に当たった、だったか」


 彼は、驚いた様子でテグルヴォを見上げた。


「ああ、悪い。あの手紙を持ってきた奴に聞いたんだ。……といっても、それ以上は何も聞けなかったがな」


 テグルヴォは、こめかみの辺りを掻きながら苦々しそうに言った。


「んで、俺が聞きたいのは一つだ。その後、ルノ爺はちゃんと弔われたか?」


 弟子として一番気になっていたところだったのだろう。少しだけ、抱擁が緩む。

 彼は、涙をダボダボなコートの裾で拭うと、はっきりと言い切った。


「ルノ爺は、ティミーの伝統に従って、火葬した後の灰は森に撒かれました。ティミー族の言い方を借りるなら、文字通り『灰になり』ました」

「⋯⋯そうか、なら良かった」


 安心した様子で、テグルヴォは頷く。


「なら、大丈夫だ。きっと、俺らを見守ってくれている」

「案外ふらっと旅に行っているかもしれませんよ?」


 彼が冗談めかして言うと、テグルヴォは表情を緩めた。


「⋯⋯かもな」


 そして、ポン、と彼の頭を軽く叩く、そして、くしゃくしゃと撫でた。それが嫌な彼は、テグルヴォの抱擁から逃げようと身じろぎする。しかし、抵抗しようとすればするほど、負けじと抱擁はキツくなった。


「あのぅ……っ、キツイのでっ、もうそろそろ放していただけますかっ?」


 呼吸が苦しくなったところで、彼はなんとか出すことができた手でテグルヴォの胸を叩いてみせた。

 すると、テグルヴォは慌てて彼を放した。


「ああ⋯⋯、悪い、つい」

「いえ、大丈夫です」


 彼は、心配させないようにと笑ってみせる。泣き腫らした顔を捻って無理やり作ったような笑顔は、どこかぎこちない。

 そしてそんな彼を見てか、テグルヴォはある提案をした。


「ところで、だ。ここで働いてみる気はないか?」

「働く、ですか?」


 彼は、首を捻る。


「当然、食事とかも面倒見る。あんだけ技術力あるんだったら、十分に食っていけるだろう。どうだ? 悪い提案だと思わないが」

「⋯⋯申し訳ありませんが、お断りします」


 口調がキツくならないように気をつけながら、彼は断った。



「何故だ? 旅は大変だろう?」

「ええ。楽しいばかりではないですね。ただ⋯⋯、行かなければならないところがあるので」


 彼は、ショルダーバッグの中を漁る。そして、一枚の写真立てをテグルヴォに見せた。


「これを届けに行かなければならないんです」

「⋯⋯⋯⋯っ!」


 テグルヴォは、目を丸くする。


「これはっ⋯⋯!」


 テグルヴォが驚いたのもそのはず、彼が見せたのは、ルノ爺と家族が写った集合写真だった。

 真ん中にルノ爺とその奥さんが並んでいる。足が悪いのか、奥さんは杖をついている。そして、二人は、たくさんの息子・娘や孫に囲まれていた。そして、その写真の中の全員が──、笑っていた。


「ええ。避難した先の国で戦死したことを聞いた後、ポーターになる申請を済ませてから、大急ぎで国に戻ったんです。家は盗賊に入られたらしく、銃は丸々無くなっていましたが、それ以外は金目のモノがなかったためか無事でした。だから僕は──、運ぶのです」

「……そうか」


 テグルヴォは、納得したように、そして事実を咀嚼しながら頷く。


「ルノ爺と、その家族に、か」

「ええ」


 ティミーには、ある伝統がある。

 それは、亡くなった人の家財全てを、故人を偲んで分け合うというものだ。家はもちろん、机や椅子、ベットにソファ、さらには本の一冊や皿の一枚まで、遺産という遺産は全て家族の中で分けられる。それが、ティミーらの『葬式』の一部なのだ。

 ただ、ルノ爺はティミーらの国からずっと遠く、フェ=ヴノワールで亡くなった。


 だから彼は、届けるのだ。


 それはルノ爺やその家族のためでもあり、そして彼自身のためでもある。

 ルノ爺が亡くなるときに側に居てあげられなかった。そしてルノ爺が火葬される時、立ち会えなかった。そんな彼がルノ爺の死を感じて、現実を受け入れることができたのは、この仕事を通してのみだったのだ。


「お前は、行ってしまうのか」

「ええ」

「いつ、ここをつのか?」

「早ければ明後日、でしょうか」

「なら……、それまでここに立ち寄ってくれないか?」

「⋯⋯別に構いませんが、どうしてでしょう?」

「完成させたい銃があるんだ」


 そう言うと、テグルヴォは黒い木製の棚に置かれた、彼の身長ほどある長銃ロング・ガンを手に取る。そしてそれを、テグルヴォは大事そうにさすった。


「俺が生前、ルノ爺に見せようと思っていた銃だ。コイツだけが、俺の心残りだ」

「⋯⋯分かりました」


 頷きながら、彼は答える。


「ルノ爺の代わりはとても務まりませんが、やれる限りのことはやります」

「⋯⋯頼む」


 燃え盛る炉の、懐かしい香りに包まれて。彼は、大役を買って出たのだった。



─────────────────


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

所用により、当小説はここまでで終了とします。


いつかまた、『ポーターと魔法銃』を再編したものを投稿したいと考えておりますので、その際はぜひお立ち寄りください。


それでは、また次の作品で。

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ポーターと魔法銃 ゆーの @yu_no

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