第14話

【作者より】

 この度、第一章 2話を分割しました。

 それに伴い、ブックマークをされている方は「未読数」が1話増加していることかと思われます。

 よろしくお願い申し上げます。

─────────────────



 カン、カン、と鉄を叩く音が響く空間を、テグルヴォと彼、アルザが歩く。巨人と背の低い少年という組み合わせも確かに目を奪われるような奇妙な状況ではあったが、恐らく道行く人が振り向くとすれば、それは二人の間に漂う張り詰めた空気のせいであろうと思う。

 それを引きずりながら、サナとコルドと別れた二人はテグルヴォの工房の中に入った。


「んで、ご用件は何ですか?」


 テグルヴォが、天井からぶら下げられた魔導ランプが揺れる下で立ち止まった。


「あ、ああ。それなんだが……」


 テグルヴォは、珍しく歯切れの悪そうに答える。



 *



「な、なぁ、アルザ。この後少しいいか?」


 彼らの乗る雷鳥が無事に着陸してすぐ、テグルヴォは彼にテグルヴォの工房に来るように誘った。

 二人を誘わないことを不思議に思った彼は、理由を尋ねた。すると、テグルヴォは


「どうしても、お前だけと話がしたい」


 ──それしか答えようとしなかった。


 *



 何も聞かされずにテグルヴォについてきた彼が怪訝そうな顔をする中、テグルヴォは、やっと口を開いた。


「ルノ爺って、知ってるか?」

「……魔法銃を専門に作っていた、ルノ爺ですよね?」


 突然1+1の答えを聞かれた大人のように、彼は真意を測りかねながら答えた。


「ああ。L-154とか、言わずと知れた名銃を作り出した、ルノ爺だ」


 そう言うと、テグルヴォは煙草に火をつけた。


「ルノ爺は、俺の師匠なんだ」


 口から煙を吐き捨てて、テグルヴォは続けた。


「ガキの頃の話だ。俺は、他人ひとの下につこうとしなかった。鉄を叩くのだって、全部自分で感覚を覚えた。親に教わらずとも、気がつけば剣の一つや二つ、軽々と叩けるようになっていた。そして周りの奴らを抜いていき、気がつけば俺は、自分が一番の武器職人だと思っていた。今思えば、天狗だったんだろうがな。

 そんな俺をどうにかしようと思ったんだろうよ。俺の親父は、俺をアプダスレアから追い出した。ただ、追い出されても何とも思わなかった。俺の技術があれば、食っていけると思ったからだ。そこから俺は、幾多の工房を回った。……巨人であるのを理由に門前払いを喰らったのはいい思い出だ。勿論、今となりゃの話だがな。

 ただ、どの工房にも俺を越すような奴はいなかった。ある意味で、俺は求めていたのかもしれないのかもな、自分の鼻を折ってくれるような奴が。


 そしてある時、彫刻のように正確な魔法銃を作り、あらゆる武器を直すという凄腕の職人ティミーの噂を聞いた。──ルノ爺のことさ。何でも銃使いの中じゃ、『銃の神様』なんて呼ばれていたそうだ。……勿論、即座に会いに行ったさ。そして、俺は勝負を持ちかけた。

 『互いに最高の銃を作り、打ち比べをする。これでどうだ?』と聞いたら、最初は『忙しい』と断ってきた。だがな、俺もガキだった。今考えればあんなのガキが駄々こねるのと同じだった。相手を煽って、無理矢理勝負を受けさせたんだよ、結局は。

 そうして、俺とルノ爺は互いの作った銃を撃ち比べることになった。

 俺は、全てを詰め込んだ渾身の銃を作ったさ。命中性能からブレ、火力、全てにおいて『最高』の銃をな。対してルノ爺は、どこにでもあるような、ありきたりな銃を作ってきた。俺の記憶が正しけりゃ、当時猟師ギルドで普通に提供されているモデルの銃だったと思う。他の工房にいた時に、嫌というほど修理させられた銃だ。

 俺は、怒りでいっぱいになったよ。舐められているんだ。お前には、こんな銃で十分だ、と言われえている気がしてな。

 ルノ爺は、それを見透かしたかのように言ったさ。『撃ってみろ』ってな。

 ……正確だったよ、悔しいほどに。照門の中に弾が飛び込むような銃だった。俺の銃に比べりゃ火力なんてゴミみたいなもんだったが、魔力が、まるで体の一部かのように銃全体に染み込むのがよく分かった。つまりな、確かに俺は銃と一体となっていたんだ。

 火力なんか魔法一つ弄れば調整ができる。少し改造すれば、あの精度を保ちながら俺の銃を超える火力を出すことも、造作も無かったはずだ。

 負けたんだよ、俺は。こんな感覚、初めてだった。悔しかったさ、もう勝てないと確かに思ったんだ。


 負けを確信して俺は自分から勝負を降りた。正直、俺の作る銃なんか子供が作ったパチンコレベルだった。プライドが、俺の銃をアイツに撃たせるなと告げていた。しかし、ルノ爺は勝負から降りるのを許さなかった。何も言わずに俺の銃を取り、そして撃った。

 印象的だったよ。少し首を捻ってからその場に座り込み、魔法石を少し弄ってから俺に渡した。撃て、ってな。

 俺は撃った。自分の銃みたいな気がしなかったさ、銃声までもが変わってしまってた。俺の銃は、魔力がよく通るようになっていた。魔力消費も少なければ、銃身の魔法も弄ったんだろうよ。精度が異常なまでに上がっていた。それも、火力を保ったままでだ。


 そして俺は、気がつけば土下座していた。弟子入りさせてくれ、何でもする、炉の掃除からだっていい。一からやり直させて欲しい、ってな。そしたら何て言ったと思うか?

 『俺が教えられることは何も無い』だってさ。ふざけてるよな、全く。それでも俺は必死で訴えた。ルノ爺以外に師匠はいない、ってな。

 最終的にルノ爺は折れて、俺を弟子に迎えてくれる事になった。しかし、俺は下働きをさせられなかった。以前と同じように銃を作って、それをルノ爺が手を加える。その繰り返しだった。

 不思議に思った俺にルノ爺はこう言ってのけた。『いい銃を作るんだから、もっと作れ』ってな。


 それから俺は、ルノ爺に連れられて旅をしたりもした。本当にいろんなところを旅したさ。丸二十年くらいだっただろうか、俺らにとっちゃ、あっという間の時間だった。

 んで、ルノ爺と別れてから、俺はここ、アプダスレアの工房を継いだ。当時は客も殆ど無かったが、ルノ爺がお得意さんを紹介してくれたお陰で、なんとか食い繋ぐことができた。そんで、そのルノ爺はどうしたかっていうと、知っての通りフェ=ヴノワールに工房を構えたんだ。

 今思えば本当に凄い人だったさ。戦士の国として有名なフェ=ヴノワールで銃なんて早々売れるようなもんじゃない、ってことはこの界隈では有名だったからな。それでも、ルノ爺はずっと手紙を寄越してくれた。元気にしてるか、飯食ってるか、そんな感じの本当にお節介な内容から、新たに作った銃の設計図、それに魔法陣の設計図。試作品が送られてきた時には、ヒヤヒヤさせられたもんだ。暴発する危険だってある事くらい分かんだろ、全く。


 そして九年くらい前のことだったか、六歳の『弟子』をとった、という手紙が届いた。驚いたよ、本当に。あの面倒臭がりな爺さんが、弟子なんて。それから手紙には、必ずその弟子のことについてが書かれるようになった。人族にしては背の伸びが遅くて親近感が湧くこと、そして魔法の覚えが早いこと。その弟子が魔法陣設計に加わり、そして新しい銃の開発に取り掛かったこと。本当に、詳細に書かれていた」


 そう言うと、テグルヴォは再び煙草を咥える。そして、彼を見下ろした。


「言いたくなきゃ、言わなくていい。俺の勘違いなだけかもしれない。お前は、テグルヴォの『弟子』か?」


 テグルヴォの吐き出した煙草の煙で、二人の視界は白く煙る。そしてゆっくりと晴れていき、彼はやっと口を開いた。


「ええ、テグルヴォさん。仰る通り、ルノ爺の元で魔法陣の組み方を教わってました」


 アルザは、少し震えた声で答えた。


「……そうか。やっぱり、そうだったか」


 テグルヴォは、天井を仰ぎ見て、ふう、と息を吐いた。


「お前の銃を見た時に気がついたんだ。どこかで見たことがある銃だ、ってな。それだけじゃ偶然かもしれない。それに、ルノ爺から貰った設計図の中には、その銃はなかった。爺さんがその銃を作ってたこともない。だから──、俺は銃のロットを見たんだ。

──『L-231 A』。

 確かにそう書かれていた。見間違いなんかじゃねぇ。

 俺が受け取った設計図はL-230で止まっていたから、それは直ぐに新型だと気がついた。加えて言うなら、ルノ爺はな、その銃の設計に携わった人の名を、番号に打ち込む習慣があるんだ。俺だったら……、『L-167 T』とか、か。

 そして、思い出した。その弟子の名は、──アルザ。アルザだった。そしてそれは……、ここにも書かれていた」


 そう言って、テグルヴォは一枚の依頼受領書を彼の目の前に突き出した。そこには、サナやコルドの名前の下に、アルザ──、つまり彼の名前が記されていた。


「適当に目を通してたからな、いつもの悪い癖だ。だが、確かに一致していた。それで気がついた。だから……、だからこそ聞きたい。ルノ爺は──」


 大男は、少年を再び見下ろした。


「ルノ爺は、本当に死んだのか?」

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