第13話

「野郎ども、準備は出来たかァ?」


 そう言って、テグルヴォは雷鳥の背中に乗った三人の方を見た。彼ら三人は、思い思いの方法で返事をした。


「んじゃ、行くぞ、掴まってろよ!」


 テグルヴォは、雷鳥を鞭で叩いた。

 雷鳥が、バサッと大きな翼を広げる。飛び立つために少しだけ助走をしてから、翼を地面に打ち付けるかのように、大きく羽ばたいた。

 砂埃とともに、雷鳥は急加速する。そして、雷鳥が空高く急上昇する──、わけではなかった。そうではなく、地面すれすれを滑空していたのだ。


 彼は、吹き飛ばされそうなほどの突風に逆らいながら、目に砂が入らないように目を細める。そして、下降するときの体が浮き上がるような感覚と、上昇するときの体が鞍に押し付けられるような感覚が、小刻みに繰り返し襲ってくるのをただ耐えていた。


 しばらく飛ぶと、砂埃は晴れていく。そして、テグルヴォが叫んだ。


「どうだ、下を見てみろ!」


 彼ら三人は、鞍に付けられたロープを掴みながら、恐る恐る下を見る。


──眼下に広がる、一面の森。


 緑色の絨毯のような、という陳腐な表現しか思い出せないほどに、広大で、壮大な光景に彼は目を取られる。一方で、彼は、自分が地面から遥か高くを飛んでいるという事実に震えていた。


「どうだ、驚いただろう?」


 そう叫んで、テグルヴォは後ろの方を指差す。

 振り返ると、その先には、彼らの目線と同じくらいか、それよりか僅かに低いくらいの所に何軒かの家が米粒のように崖の上に転がっている。


「あそこが、アプダスレアだ!」


 テグルヴォが、風切り音でかき消されないように大声で言う。

 それを聞いて、彼は頭の中で地図を広げた。アプダスレアは、山のかなり高いところにある。そしてそれは、──切り立つような険しい崖に丁度接するような位置にあるのだ。

 そして、彼は気がついた。今飛んでいるのは、アプダスレアに面するように広がる険しい谷の上空だということに。


「来るぞ、構えろ!」


 テグルヴォの叫び声で、彼の意識は雷鳥の進行方向に戻る。彼が気がついた時には、野生の雷鳥が目の前に迫っていた。


 テグルヴォが、手綱を思いっきり引っ張り、雷鳥に進路を変えるように促す。すると、テグルヴォの合図に従って雷鳥が右に急旋回する。そして、テグルヴォの操る雷鳥の、丁度左側に座っていた彼の左脇すれすれを一羽の野生の雷鳥の嘴が駆け抜けた。


「大丈夫か!」


 テグルヴォが、彼の方を振り向きながら叫ぶ。


「大丈夫です、問題ありません!」


 動揺しながらも、彼はコートを抑えながら負けじと叫んだ。


「おっしゃ! なら、巨人伝統の雷鳥狩り、見せてやる!」


 テグルヴォは、手綱を引いて、さっき襲ってきた雷鳥の方へ向かわせる。そして、手綱を離して立ち上がると、背中に掛けた大剣に手を掛けた。


「良く見とけ!」


 そう叫ぶと、テグルヴォは、魔力を大剣に込め、それを振り下ろした。

 瞬間、ウィンドスラッシュの魔法が発動し、剣の刃の部分から衝撃波が放たれる。そして、その衝撃波は、野生の雷鳥を容赦なく切り裂いた。

 力を失った雷鳥は、地面へと堕ちていく。


「ま、こんなもんよ。次はお嬢さんの番だ。直ぐに来るぞ、構えろ!」


 テグルヴォは、大剣を戻して手綱を握り直すと、右隣に座るサナに促した。

 サナは、落ちないように気を付けながら立ち上がり、そして大剣を構える。


「じゃあ、最初はアイツからだ!」


 仲間をやられた怒りで我を忘れたのか、雷鳥一羽が群れから離れて飛んでくる。その一羽を、テグルヴォは指差した。


「えーと、あれか。りょーかい!」


 そしてサナは、その一羽目掛けて大剣を振り下ろした。サナの放った衝撃波で、雷鳥は切り裂かれる。そして、先程の雷鳥と同じように、地面へと堕ちていった。


「よっしゃ、命中!」


 テグルヴォが叫んだ。


「それじゃあ、次はあの一匹だ!」


 今度は、別の群れの後ろで、置いてきぼりになりながら飛んでいる一羽に雷鳥の進路を変える。そして、サナに指示した──、所だった。

 彼らの左方から、雷鳥の大群が彼ら目掛けて飛んで来るのが見えた。


「チッ……、掴まれッ!」


 テグルヴォが、手綱を力一杯に引っ張る。雷鳥は、右に急旋回した。

 立ち上がっていたサナは、振り落とされそうになりながらも、腰に巻きつけてあった命綱と、テグルヴォに抱きつくように掴まったことにより難を逃れた。


「ふぅ、危なかったな……って、クソッ! しつけぇ奴らめ!」


 雷鳥をうまく撒けたかを確認したテグルヴォが、悔しそうに叫んだ。

 さっき襲ってきた野生の雷鳥の群れは、テグルヴォの取った急旋回で減速することもなく、寧ろ旋回するのを分かっていたかのように加速し、すぐさま彼らのすぐ後ろまでたどり着いていた。

 それを見たテグルヴォは、手綱を千切れんばかりに握りしめた。


「チッ……、今日は中止だ!」


 テグルヴォは、彼らの乗る雷鳥を、アプダスレアの牧場の方に向ける。そして、鞭で力一杯叩いた。

 彼らの乗る雷鳥は大きく一吠えした後、全ての力を振り絞って加速する。


「武器を出しとけ! 何としてでも帰るぞ!」


 自分を鼓舞するかのごとく、テグルヴォが声を荒らげる。そして、テグルヴォの巧みな手さばきによって、雷鳥の群れとの距離は少しずつ開いていき、それに従い彼らの出発した牧場が見えてきた。


「もうすぐだ、あと少しだッ!」


 テグルヴォが、再び鞭を振り上げようとした、その時だった。


「……コルド、右! 右から来てる!」


 サナの叫び声で、一斉に全員が右を見る。一匹の、一際大きな雷鳥が、右方から飛び込んできていたのだ。

 一番近くに座っているコルドが、咄嗟に杖を構える。


「……喰らえッ!」


 コルドは、練習した通りに魔法を起動する。コルドの持つ杖の先端の魔法石が光り、何発かの火属性弾が雷鳥目掛けて飛んで行った。しかし、それらは華麗にかわされていく。


「クソッ、なんであたんねぇんだ!」

「ごちゃごちゃ言うな、とにかく撃てッ!」

「……さっきから撃ってる!」


 コルドがいくら撃っても、雷鳥はまるで赤ん坊の投げたボールを扱うかのごとくかわし、彼らとの距離を詰めていく。そして、彼らの目に、戦い慣れたかのような、傷だらけの体を現した。


「……クソッ、当たれッ、当たれェッ!」


 しかし、コルドの祈りも虚しく、雷鳥は彼らの目の前数メートルのところまで肉薄した、その瞬間。


 ダーン、と銃声が響く。


 直後、雷鳥は目の当たりから血を吹き出した。しかし、雷鳥は彼らを強く睨みつけたまま──、しかしバランスを崩してフラフラと後方へ離れていき、そして下へと静かに堕ちていった。

 命の危険がなくなり、彼を除く三人は思い出したかのように彼の方を見る。彼は、銃を撃った彼は──、銃を握りしめながら震えていた。


「凄いじゃん、アルザ凄いじゃん!」


 サナが、無邪気に褒める。こわばった顔のまま力なく銃を握りしめる彼を、コルドとテグルヴォは、思い思いの表情で見つめていた。

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