#4 道標

「リューズ、ね。私はリリウム。こっちはレイク。」


リューズは頷いて、レイクという壮年の男性を見る。金属鎧を身に着けどっしりと構えている様は、熟練の冒険者といった出で立ちだった。


「…レイクだ。お前さん、身体に異常はないか?どこか怪我をしてたり痛いところとかはないか?」


リューズは自分の身体を見回す。白いワンピースは泥で汚れてしまっていたが、別段大きな怪我はなかった。オーガの突進を回避した時に地面で左腕をすりむいてしまったことぐらいか。


「左腕に擦り傷があるな。腕を出せ。」


リューズは何をされるのか分からないが、とりあえず腕を出した。

レイクは傷口に手をかざすと、何やら手のひらから緑の光が発せられた。みるみる痛みが引いていき、傷口も治っていく。

五秒もすると、リューズの左腕の擦り傷はきれいに治っていた。


「治癒魔術だ。痛みは引いたか?」


リューズは頷く。


「そんな風貌してるのに治癒魔術を使えるとか意外よね~。」

「お前も身体は華奢な癖に使う魔術は豪胆の一言に尽きるだろう。人のことを言えるのか?」

「私はバーンとした大胆な魔術が好きなの!好みよ好み!」

「なら俺にも言えることだ。口出しをするな。」

「うるさいですぅ~!」


リリウムはレイクに言い返されて騒いでいる。レイクはそんなリリウムの態度はいつものことだと言わんばかりに聞き流しているが。


「それよりもこの少女だ。お前、なんでこんなところにいるんだ?ここが危険な場所だってことが分かっていないのか?」


少し間をあけて、リューズは頷く。実際、リューズにはこの場所が一体どこで、どんな場所かもさっぱり分かっていなかった。当然だ。記憶をなくしている状態で、いきなりあの白い空間からこんなところへと飛ばされたのだから。


「…おい。本当にここがどこか分かってないのか?」


リューズは周囲を一度見回した後、再度頷く。

レイクはもちろん、先ほどまで騒いでいたリリウムも真剣な顔になっている。


「気が付いたらここにいて、さっきの化物に襲われた。それ以外は何も分からない。」


リューズは淡々と事実を話す。

レイクは「ふむ」と呟き、口に手を当てて考え込む。

リリウムはしゃがみこみ、リューズに目線を合わせてから口を開いた。


「この場所はマキナの森の近くの平原で、そこそこ危険なモンスターが出るところなの。さっきのはオーガといって、普通の人間や獣人では太刀打ちできるものじゃないわ。そういう危険な場所ということも知らずにここにいるってことは、自分でここに来た訳じゃないということ?」


リューズは頷く。

リリウムとレイクは思わず顔を見合わせる。


「誰に連れてこられたかも、何故かも分からないの?」


誰に連れてこられたか。それはおそらくこの時計クロノグラフか、あの白い空間に居た何者かだろうとリューズは思う。もしかしたら、白い空間そのものかもしれないとも思っていた。

だがリューズ自身、この時計クロノグラフについても、あの白い空間についても何も知らない。故に、誰に連れてこられたのかを話してもあまり無意味。

むしろ突拍子もないことを言っていると思われそうだ。

リリウムの問いに、リューズは黙って頷いた。


「私は、これまでのことが何も分からない。何も覚えてない。なんであんなところにいたのかも、全部。」

「記憶喪失、ということか…。」

「そんなことが…。といっても考えても何も進まないわね。つまりリューズちゃんは行くアテも何もないってことでしょう?」


それはその通りだ。これからどうするかを考える暇すら、リューズにはなかったのだ。頷く。


「じゃあ、私たちと一緒に近くの街まで行きましょうよ。街なら落ち着いて話もできるし、誰か知りあいが居るかもしれないから。」

「…そうだな。さすがにこんな場所で一人放っておくわけにも行くまい。」

「リューズはそれで大丈夫かしら?」


少しだけリューズは考える。

助けてくれたとはいえ、素性の知れぬ人達。だが、一人でここにいても何にもならないことは分かっていた。

それなら、とリューズは頷いて、二人と一緒に行くことを決めた。




道すがら、三人はお互いのことを話しながら街へと進む。

といってもリューズに話せることは少なく、リリウムが主に話すという形だったが。


「私とレイクはどっちもハンターなの。依頼を受けてモンスターを狩ったりしてお金を稼いでるのね。今向かってる街も、ハンターが多い街なのよ。ちょうど依頼を終えた帰りに、あなたを見つけたって訳なの。」

「お前を見つけたのは本当に偶然だ。運がいいな。」

「本当よね。もう少し遅かったらリューズちゃんはあの化物に食べられちゃってたかもね。」

「あれは人間を食べるの?」

「食べる。人間以外も見境なくな。このあたりでも凶暴な部類に入るモンスターだ。名前をオーガという。」

「それを目の前にして丸腰だったのに生き延びたんだから、リューズちゃんは本当に運がいいよ。結構な数のハンターがやられちゃってる相手だからねぇ。」


そんな相手を撃退したこの二人は相当な実力なのだろうとリューズは思った。

ふと、その時の光景を思い出す。


「リリウムさんは、その剣から炎を出してました。それは一体どういったものなんですか?」

「ん?魔術のこと?あれはエンチャントフレイムっていう、炎を剣に纏わせて焼き払ったりできる魔術だよ。」

「魔術…?」

「え、リューズちゃん魔術って見たこと…あぁ、記憶をなくしてたんだっけ。魔法っていうのは、魔力を使っていろんなことが出来る便利なものなんだよ!」

「説明が適当すぎるだろう。もうちょっとマシな説明はできないのか。」

「え~?だってそんな感じじゃん?剣にばーっとやってわーってしたらいいだけじゃん!」

「リューズ。こいつの言うことは無視していい。実際の魔術は術式と呼ばれる魔力変換装置に魔力を供給することで様々な現象を引き起こすものなのだ。綿密な計算が必要とされるものであって、間違ってもそこの馬鹿みたいに適当にやるものじゃない。」

「うるさいわね!ちゃんと出来てるからいいでしょーが!」

「お前の魔術を出来ているとは言わん。魔力を強引に術式へとぶち込んでるだけだろうが。」

「違いますぅ~。ちゃんと考えてるんですぅ~。」


再度言い争いに発展する二人。リューズはこれが普段の二人のやり取りなのかと思いつつも、自分の中に湧き出る疑問を問いかけることにした。


「その魔術は、私にも出来るようになるものですか?」


言い争っていた二人はぴたりと言葉を止める。


「魔術を使うだけなら、基本的には術式に魔力を込めるだけで発動する。実際は魔力量の調整や術式の修正があるから、言うほど簡単なものでもないのだがな。だが使うことは出来るはずだ。」

「…私は戦えるようになりたい。もっと強く。」

「…それはさっきの化物のような奴とも、戦えるようにということか?」


リューズは頷く。


「どれくらい強くならないといけないのか分からない。でも、私はそのためなら戦う。」


二人とも真剣な表情になり、じっとリューズを見つめる。


「リューズちゃん。私たちハンターは依頼でモンスターと戦うことは日常茶飯事。当たり前だけどとっても危険で、時には死んじゃうことだってあるんだよ?それでも戦いたいってこと?」


リューズは頷く。

伊達や酔狂で言ってるわけではなく、本心からの決意を口にしているのが分かる雰囲気を、リューズは出していた。


「何故、お前がそこまで強くなろうとするのかは分からん。何か理由があるのだろう?」

「なんだかリューズちゃんはいろいろ訳ありみたいだしね。ま、その辺は街についてからでもいいんじゃないかな?」


それもそうか、と三人は前を向いて歩きだす。

ちょうど目的地であるロトの街が遠くにぼんやりと見えてきていた。

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Chrono Gear 冬月ことね @KotoneF

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