#3 乱入
オーガの突進が来る。
一度目は一切反応すらできなかった突進も、来るとわかっていれば反応はできる。
勢いよく振られる棍棒を避けるため、リューズは左方向に全力で身体を投げる。
しかしそれでも棍棒を避けきることができない。右脚首から先が棍棒で叩き潰されてしまう。
右足の感覚が消え失せ、バランス崩してリューズは倒れこむ。
見上げると、オーガはすでに棍棒を振り上げて、リューズに向かって振り下ろさんとしていた。
視界が黒に染まり、身体がつぶされる感覚。痛みを感じる暇すらなかった。
そしてまたクロノグラフが輝くと同時に、振り下ろされるはずの棍棒は巻き戻され、一度目と同じように破壊されたリューズの右足もその身体も何もかもが元通りになっていく。
そして始まりの時間から、また時は流れだす。
『グウゥゥゥ…!』
オークは変わらず唸り声を上げている。
オークにとってリューズは変わらぬ獲物、ただの弱い生き物。
(もっと早く、速く動け…!)
身体が潰される恐怖を抑えつけ、足を動かす。
オーガの突進はすでに二度見ている。タイミングを合わせて全力で横っ飛び、本当にギリギリで回避に成功する。リューズはそのまま地面に滑り込み、転がりまわる。
リューズにとっては三回目の攻撃だが、時間を巻き戻されているオーガにとっては初めての攻撃。その初見となるはずの攻撃を、こんな普通の少女に躱されたのは驚愕だった。
一転して距離を取り、リューズを警戒する。
地面に転がったリューズも立ち上がり、オーガを見据える。
両者の距離は十五メートル程、オーガの突進速度を考えれば目の前と言っても良い距離だ。
オーガはリューズを睨みつけ、だが警戒して襲い掛かろうとはしない。先ほど見せたリューズの回避は速さこそ普通の人間、しかしその反応速度はありえないものだった。まるで予知していたかのような。
それを本能で感じ取り、オーガは警戒を解くことができない。
同じくリューズも動けない。
先ほどの突進を避わしたのは、クロノグラフによる時間回帰でオーガの突進をあらかじめ知っていたからだ。
リューズの素の力では、オーガの膂力にはとても太刀打ちできないことは明らか。しかもリューズは身を守る装備を何ら持っていない。
両者は互いを睨み制止する。
当人からすれば相当な時間が経ったように思えるが、実時間では五秒弱ほど。
その静寂を破ったのは第三者であった。
オーガの横から炎が突然襲い掛かってきたのだ。
『グオォォ!?』
オーガは火に包まれ、火を消そうと身体を振り回す。
リューズは炎が飛んできた先に、二人の人影がこちらに走ってきているのを確認した。
「あなた、大丈夫!?」
駆け寄ってきた女性が、リューズに声をかける。リューズが頷くと、その女性はリューズに特に大きな外傷がないことを確認して少しほっとした表情になる。
「リリウム、オーガが来る。油断するな。」
もう一人の男性が警告をする。声からして壮年の男性だろうか。
男性は炎を消そうともがいているオーガを冷徹に見つめ、杖を構えている。
「オーケー、もう大丈夫よ。」
リリウムと呼ばれた女性も剣を構え、リューズを守るように前に立つ。
そしてようやく炎を消し終えたオーガが二人を睨みつける。
「さあ、もう一度火あぶりにしてあげましょうか?」
リリウムがそう言うと、リリウムの持つ剣から紅い炎が発せられ、剣の周りに纏わりついた。オーガが先ほどの炎を思い出してか、少しだけ後ずさる。
不利と判断したのだろう。オーガは背中を向け、すごい勢いで走り去ってゆく。
リリウムは炎を放とうとしたが、男性に手で制されて中断した。
「そうね、追いかけている場合じゃないわ。この子を助けないと。」
二人はリューズを見る。泥で服と身体が汚れ、手足も細く貧弱に見えるこの少女。
だがその少女は、どこまでも透き通るような綺麗な瞳で二人を見つめ返していた。
さっきまでオーガという化け物に襲われていたとは思えないほど、この目の前の少女からは恐怖というものが感じられなかった。
そんな違和感を感じながらも、リリウムは聞いた。
「あなた、名前は?」
「…リューズ。」
ただ一言だけ、リューズは答えるのだった。
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