#2 森の中

リューズは眩しさを覚えて目を覚ました。

あの白い空間の眩しさではなく、もっと熱を持った眩しさ。


輝く太陽の下で、リューズは横になっていた。


「…ここは…?」


辺りを見回すと、どうやら草原のど真ん中にいるようだ。遠くには木々と山が見える。

草原で寝ていたため、リューズが身に着けている服、白いワンピースにも少しだけ土がついてしまっているようだ。身体を起こして土を払う。


ふと、リューズは首に何かがかかっているのに気づいた。鎖のついたクロノグラフが、首からぶら下がって静かに揺れていた。


「クロノグラフ…?」


呼びかけるも返事はない。クロノグラフはただただ時を刻んでいるだけだ。


クロノグラフと交わした契約、その時にリューズに刻まれたクロノグラフの能力や使い方は、もちろんリューズの頭の中に今も残っている。


確かめる必要がある。

この能力を自分が本当に使えるのか。そして、これを使って「世界を救う」という使命を果たせるのか。

リューズはクロノグラフを掴み、ぎゅっと握りしめる。



刹那、身を切り裂くような気配がリューズを襲う。

心臓を鷲掴みにされたような、濃厚な殺意。

リューズの心拍数が急上昇し、呼吸が早くなる。

振り向くと、そこには三メートルの巨躯を持つオーガがリューズを睨みつけ、今にも襲いかかりそうな雰囲気を醸し出していた。


―――殺される。


自分の未来に対する、確信とも言える予感がリューズを襲う。

巨大な化け物に対して、ただの人の身であるリューズ。その差は誰の目にも明らかだった。


「でも、ただでは死なない。」


しかしリューズにはクロノグラフがある。その力は未知数、それでもなお無残に殺されるか、それとも凌ぎ切るか。それはまだ誰にも分からない。

リューズはクロノグラフを掲げ、起動の言霊を口にする。


「―――Reminder Set.」


クロノグラフから歯車のかみ合う音が発せられ、蒼く淡い輝きがクロノグラフを包む。リューズは身体から何かが抜けたような感覚に陥るが、目の前の脅威を前にそんなことを気にしている暇はなかった。

異変を察知したオーガは身構えるが、特に何も起こらないと見るや、リューズに襲いかかろうと棍棒を掲げる。


『グウゥゥゥ…!』


オーガは巨大な肉体を支える強靭な脚に力をこめ、人外の速度で目の前の矮小な少女へと突進する。三十メートルと離れていなかった距離が一瞬で縮まり、オーガは右手に持った棍棒を少女、リューズ目掛けて振り抜く。



リューズはその場から全く動くことなく、いや動くことすらできず、その棍棒を受け入れてしまった。

ただオーガが向かってきているのを見ることが精いっぱい。一切の反応も許されず、一切の行動も許されない。

パンッと、血袋が弾ける様に、リューズの鮮血が飛散した。身体の半分は棍棒に押しつぶされ、鮮血が噴出している。

誰の目にも、リューズが即死したのは明らかだった。。




――同時、クロノグラフが輝き出す。

時計の針が止まり、それと同調するように世界の時間が止まってゆく。

噴出したリューズの血が空中で止まっている様は、ある種の芸術作品を思わせた。

さらに時計の針は逆に回転、世界の時間も逆行する。

リューズの血はその在るべき身体へと戻り、破壊された身体も元の状態へと戻る。

リューズも、オーガも、棍棒も、巻き戻しのようにリセットされ、そしてリューズが唱えた瞬間まで、時間は巻き戻った。



クロノグラフの輝きは収まり、時はまた動き出す。

オーガも、この世界の誰もが、時間が戻ったことには気づかない。認識できるはずがない。

ただ一人、リューズを除いては。


(…これが、クロノグラフの能力。)


あらかじめ時間をセットしておき、能力を起動するとその時点まで時間を戻す能力。

そして、クロノグラフと契約したリューズは、巻き戻した時間の体験、記憶が残っている。


(何度でも、やり直すことができる能力…これを使って、今の状況を乗り切るしかない。)


まぎれもなく強力無比な能力。だが、あくまでやり直すことができるだけ。目の前の化け物とリューズには天と地ほどの強さの差があるのだ。勝てるわけがない、そう考えるのが普通。


だが、リューズは諦めない。

これから待ち受ける運命、つまり何度も身体を粉砕される痛み、苦痛がリューズを襲うという恐怖に、リューズは立ち向かっていた。


(どうすれば勝てるかはわからない。でもやるしかない。)


リューズはオーガを見つめる。

オーガはリューズを睨みつける。



リューズの初めての戦いが幕を開けた。

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