Chrono Gear

冬月ことね

#1 目覚め

気がついたとき、少女は真っ白な空間に居た。

ここはどこで、何故自分はここにいるのか、そもそも自分は誰なのか、少女は何一つ分からなかった。

だが少女は特に取り乱す様子もない。記憶がないことに対して恐怖心もなければ不安もなかった。


少しの間、少女はぼうっと立ち尽くした後、しばらくして、少女は自分の前にある銀色に輝く懐中時計に気付いた。

少女は近づいて、懐中時計を手に取る。カチ、カチと時を刻んでいる、一見何の変哲もないただの懐中時計に見えるそれは、しかし普通ではなかった。


突然、少女の脳内に時計を通じて情報の奔流が流れ込む。脳回路を強制的に書き換えるような激しい痛みが少女を襲う。ぐらりと少女の身体が傾き、そのままなすすべもなく倒れ伏してしまう。

少女の意識は、そのまま激しい痛みによって深い闇へと落ちていった。



<私の試練を耐えきったか、名もなき少女よ。>


頭の中に響く声で、少女は目を覚ました。

どれだけ眠っていたのかわからない。まだ頭はぼうっとする。

気を失う前と全く変わらない部屋を見渡し、そして自分の手に収まっている懐中時計に目をやる。


<何も知らぬという顔をしているな。一つずつ教えていくから、そう焦るな。>


どうやらこの懐中時計がこの声の主のようだ。

時計は変わらずカチカチと時を刻み続けているが、確かに時計から声が届けられていることを少女は感じていた。

あまり働いていない頭でぼんやりとしつつ、少女は懐中時計の言葉を聞き入れ、じっと時計を見つめる。


<まず、お前が私を手に取ってから気を失っていたと思うが、それは私とお前の間に交わされる契約、その試練のようなものだ。>


契約?試練?

少女は何のことか分からない。


<私は、私に触れた者と強制的に契約を交わすようになっている。契約に必要なのは互いの情報の交換だ。具体的に言うと、お前の記憶と私の持つ情報をお互いに受け渡す必要があるのだ。>


<無論、お前のような生き物にそのような芸当はできない。だから、私が強制的にお前の脳に干渉して、お前の記憶と私の情報を受け渡したということだ。>


<まあ無理やり脳を焼き焦がすようなものだから大抵の場合は耐えきれずに死亡する。お前はそれを耐え、生き延びた。故に契約は成されたのだ。>


少女は懐中時計の言葉を静かに聞く。

下手をすれば自分は死んでいたのだが、結果的には生きている。多少理不尽な契約だと思ったが、今はその契約が一体どういうものかと考えていた。


<契約の内容について聞きたいのだろう?簡単に言うと、私を道具として使役するための契約だ。>


道具。つまりこの懐中時計は何らかの道具ということだ。

もちろん少女はこの時計がどういう道具なのかは知らないはずだった。だが、不思議とこの懐中時計に何ができるのか、それが少女の頭の中に浮かんでくるのだった。


<先ほどの契約で、すでにお前の中には私に関する情報が埋め込まれている。すでに私の使い方や何が出来るのかは理解しているはずだ。>


<さて、お前には私を道具として使う権利を与える。代わりに、私からはお前に対して使命を与えることとなる。この使命を受け入れるというのなら、契約は完成される。>


<私とお前の使命はただ一つ。「世界を救うこと。」>


<これを受け入れるか?名もなき少女よ。>


少女は動かない。

だがその使命を聞いたとき確かに少女の中で何かが動いた、そんな気がした。

何もない少女の中で、唯一道を示してくれる光の道筋が与えられたのだ。


少女は頷いた。


<契約は完成した。私の名は|クロノグラフ≪Chronograph≫。名もなき少女よ、これからはお前にも名前は必要になるだろう。>


<リューズ、それがお前の名前だ。>


少女は目を見開く。

自分に与えられた使命、そして名前。

少女は初めて、言葉を口にする。


「…リューズ。それが私の名前。」


<そうだ。さて、もうここに用はない。私たちはこれから世界へと旅立つことになる。>


白い空間が、突然輝きを放つ。

リューズとクロノグラフは、光に飲み込まれる。


<行くぞ。私の主、リューズよ。>


その言葉を最後に、リューズの意識は光となって消えた。

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