牛乳少年

 病院の医師というのは、複数の病院を掛け持ちしていることが多い。総合病院などに行くと、担当医師の週間スケジュールで「XX先生(火曜日のみ)」などの記載を見るが、それは「火曜日のみこの病院に来る先生」ということである。

 なので別の病院で見た先生と出くわしたり、話しかけられたりすることも多い。


 半年ほどまえに、ある病院のシステムを稼働させた時のこと。

 稼働三日目に先輩からメールが来た。別の病院で稼働作業をしているその人曰く「明日そっちの病院に、こっちの先生行くからよろしくー」とのことだった。こういう時にはキチンと情報共有をするのが大事である。「あっちの病院ではこれが出来たのに!」とか言われた場合に、まごついていたら不信感を抱かれる。

 予め出来る設定などを行い、迎えた翌日。

 早速呼び止められたと思ったら、担当ではないシステムのことを聞かれた。稼動立会あるあるだ。


「この設定、向こうの病院でやってもらったんだよ。誰だっけな~」


 確か現地に行っているのは……と頭の中でメンバを思い出す。しかし私が何か言う前に先生は手を叩いた。


「そうだ! Aって奴!」

「あぁ、Aですか」


 そういえばメンバに入ってるな、と思いながら設定を行った。

 ではまた何かあったら呼んでくださいね、と告げて待機場所に戻る。ずっとその場にいると疲れるし、そもそも職員の方々の邪魔になるので、基本的にはどこかの個室を借りて待機場所とする。ついでに内線も借りているので、呼び出され放題だ。


 しばらくしてから内線が鳴った。出ると技師の方が申し訳なさそうな声で「先生がXシステムのことを伺いたいので、先ほどの女性の方をと……」と言った。

 そのシステムの担当ではないのだが、まぁご指名ということなら仕方がない。わからなくても担当者を呼べばいいだけである。


 先生の元に行くと、私でも出来るものだったのでその場で設定を変更した。しかし何やら先生は渋い顔をしている。何か不手際でもあっただろうかと思って訪ねると、先生は「いや」と切り出した。


「Aじゃないや、設定したの」


 さっきの話の続きらしい。Aじゃないとすると誰かな……と再びメンバを脳裏に浮かべる。ちなみに候補は三人いる。


「ほら、Aと違うタイプの……」


 となるとBさんだろうか。


「ちょっとイキった感じの」


 ではBさんではないな。Bさんは底抜けのやさしさの持ち主で、気が小さい。

 となるとCさんだろうか。洒落っ気のある格好を常にしているし。


「Aより身長は低い」


 Cさんだな。その条件だとCさんしかいない。


「でもガタイはよくて」


 じゃあCさんではないな。


「髪型はこんな感じで……」


 あれ? その髪型はAさんのような気がする。


「このあたりが白い」


 Aさんじゃないな。Aさんは黒々とした髪の持ち主だ。

 もしかしてAさんとBさんを間違えているとかだろうか。BさんはAさんよりも背が高い。それとも最近話をしていないけど、Cさんが髪型を変えたのだろうか。


「あとネクタイが赤い」


 誰かわからなくなってしまった。

 適当に話を合わせてからその場を離れ、外で先輩に電話を掛けた。私の話を聞いた先輩は、特に悩むこともなく答えを教えてくれた。


「それDさんだよ」


 Dさんいたのか。

 というかそんなにメンバいるなら一人くらい貸してほしいなと思った、人手不足の稼働四日目。

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