地産地消

 仕事でよく使うのは、筆記用具である。

 何かメモを取る時に、パソコンだと正確にキーボードを打たないと思った通りの文字も出ないし、図を描くにも一苦労だが、ノートの場合はその心配がない。私は世の中の「何でもデジタル化すれば快適」なる風潮には疑問を抱くタイプだ。

 しかしノートやボールペンは紛失リスクが非常に高い。筆記用具を失くしたことがない人というのはかなり稀ではないかと思う。私を含めた周囲も同じようなものだ。


 ある仕事で後輩が新品のノートを持っていた。店のロゴが入ったテープが付いていて、如何にも買ったばかりという状態だった。


「それ買ったの?」

「はい。上に売店があったので。先週失くしたばかりで困ってたんですよね」


 失くすなよ。と皆で言いながらも、まぁそこまで拘ることでもないのでそのまま受け流した。

 それから数日後、現場に行くと同僚の一人が後輩と同じノートを持っていた。


「あれ、それ後輩のと同じ?」

「残り少なかったんで。でも彼は早速失くしたみたい」


 またかよ。こんなすぐに失くすとは器用な奴だ。

 といっても私も忘れっぽいので人のことは言えない。三歩歩いたら鶏の鶏冠の色まで忘れ去るタイプである。今までに何度も物を失くしたことがあるので、場所を離れる際にはしつこいくらいに確認する癖がついているのだが、彼にはまだ「携帯電話を忘れて青ざめる」とか「バッグをどこかに置き去りにして思い出せない」などの経験がないらしい。

 失くすなよ、とまた皆で窘めてから仕事にとりかかった。


 それから一週間後、別の現場に行った時に後輩と出くわした。後輩は違うノートを持っていた。


「買ったの?」

「下の売店で買いました」

「ふーん。失くすなよ」

「失くしませんよ!」


 五時間後、後輩はものの見事にノートを何処かに忘れた。ついでにボールペンも失くした。次の日にまた新しいノートを買って、それも再び失くした。


 その土地で買ったものをその土地で失う。

 これも一つの地産地消スタイルだと思う。ただ本来の地産地消と異なり、どこも活性化しないし、特もしない。何なら周囲が被害を被っている。


 お前はもうノートを持つな。持っていても無意味だ。手や腕に尖った爪の先を使って文字を刻んでおけ。そうすれば失くしようがない。そして千個のIPアドレスを体に刻んだら神への供物にでもなれ。それが嫌なら、離席時と移動時には所有物の確認をしろ。いつか痛い目に合うぞ。


 そうして弊社の始末書を見て恐れおののくと良い。

 構造が複雑で、私なんか三回書いてもまだ慣れないのだから。

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