想像力を働かせて
想像の余地を読者に与えるのは大事なことだと思っている。なので小説を書く時には一から百まで説明することはない。偶に「主人公は猫を飼っていますが、なんで猫なのか書いてないからわかりません」レベルの質問が来るが、別にそんなもん自分で考えて良いと思う。その理屈なら、もっと疑うべきことはあるだろう。主人公が下着履いてるかどうかとか。書いてないんだから。
というか何から何までお膳立てされたものが苦手なのだ。「イケメンキャラを二人用意しました。こういう関係でこういう距離感です。ほら萌えろ」みたいなのは全く興味がない。「六つ子がニートです」ぐらいのほうが良い。別に何のアニメかは言わないが。
つい先日のこと、現地で「発注した品物が届いたか」という確認作業が始まった。案件稼働前には、予め発注していたものが全て揃っている必要がある。そして発注は誰か一人が担うわけではなく、システム毎に行う。
一つずつ確認していくと、数個分揃っていないものがあった。
「Bさんの担当分ですよ」
「俺、結構前に発注したよ。まだ届かないのおかしくない?」
何でだろう、と皆で考え込んだ数秒後に一人が思い出したように声を上げた。
「もしかして調達チームの方に届いてるかもしれない」
案件においては各システムでの購入だが、会社としての物品の調達が発生する場合はそちらに依頼がかかる。そして宅配業者によってはそちらに届けてしまうことが多い。
Bさんがその部署に連絡をしてみると、思った通り発注したものが届いているということだった。
「うーん……じゃあ明日会社に行くので…いや、いないかもしれないけど……その場合は俺のデスクに置いておいてもらえますか?」
そんな連絡をするのを聞きながら、特に関係のない私は作業へと戻った。
翌日、会社に行くとBさんがいた。荷物を取りに来たんだろうな、と漠然と思いつつ資料の修正などをしていると、一時間ほどしてから「Bさんは?」という困ったような声が聞こえて来た。
振り返るとそこには調達チームの若手が大きな段ボールを抱えて途方に暮れていた。昨日の電話のことかな、と思いつつ私はその人に声をかける。
「席に置いておくようにって頼まれたやつですよね?」
「はい。でもBさんが今日は会社にいるから取りに行くって」
「……え?」
何かおかしいので聞き返す。
「Bさんは取りに行くって言ったんですよね? なんで持ってきたんですか?」
「昨日の話だと忙しそうだったし、本当は持って来てほしいってことかなって……」
「取りに行くってBさんから直接連絡貰ったんですか?」
「メールです。返信する前に持ってきました」
それだとすれ違っているのでは?
フロアは別で、エレベータは複数ある。同じタイミングで動いたらすれ違う可能性が非常に高い。
「Bさんいないから、そっちのフロアに行ったと思いますよ」
「じゃあ戻ります」
「いや、待って」
またすれ違う気がする。
というか「取りに行く」と言われたのなら素直に待っていればいい。「いやいや、それは私めが」みたいなのは、この業界では流行らない。情報伝達は短く正確にが良い。
「Bさんに電話しますから、待っててください」
そう言ってから携帯に電話をかけると、別のフロアに移動したばかりのBさんに繋がった。
「荷物、こっちに来てますよ」
「なんで? 俺、取りに行くって言ったのに」
不満そうな声に対して、まぁまぁと宥めようとした時に私はとんでもないものを見た。それは部屋から出ていく意思伝達不足者の背中だった。私が電話をかけたので、まぁいいやと思って帰ったのかもしれないが、それはちょっと酷い。酷いので言う筈だった言葉を変更した。
「気まぐれじゃないですか?」
「はぁ?」
小説などなら兎に角、仕事において想像を働かせるのは一長一短である。
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