気を付けるべきこと
世の中、気を付けなければいけないのは主語や目的語が必要以上に大きい人である。「~を見た。これだから日本は世界に馬鹿にされる」だの「これをすることで人間として次のステージに行ける」とか言う人にはまともに付き合ってはいけない。自分の関わっている事象のスケールを正常に測れていない人だからだ。と、学生時代に何かの講義で聞いた。
しかし、こういう人は自信家が多くて口が上手いので周囲は流されがちである。それが仕事仲間で、かつ仕事の内容だとすれば、周囲も大人になって多少は受け流す。その中にも受け流せないものはある。
「これをね、自分たちで出来ないようじゃ未来はないと思うんですよ」
若手有望株のマネージャーは意気揚々と言った。真夏の日差しの中やってきたというのに、随分と声が元気である。彼は手に仕様書を握りしめていた。
「仮にですよ? これを開発部に依頼したとします。そうするとこれだけの開発費がかかる。でも、実際これって僕達の知識でどうにか出来るんじゃないかと思うんですよ」
部屋にいる面々は昨日からずっと仕事をしているので心底面倒そうに彼を見る。一人だけ昨日の定時に上がった人は言うことが違うわい、と言いたげだ。
「僕達、現場で何が出来てます? 開発から貰ったものを、ただサーバに入れるだけ! これじゃそのうち仕事なんて無くなってしまいますよ」
私達がサーバにアプリケーションを入れるだけに見えているのか。悪いことは言わないから眼科に行け。この病院の眼科は良い設備が整っている。
「もし僕達の技術でこの機能を作れたら、それは会社にとっても大きなプラスになるんです。特にこの機能なんて、D病院で淡島さんが構築したんですよね?」
連日の作業と真夏の暑さでうんざりしていた私は、キーボードを叩きながら口を開いた。
「あれは、その機能に準ずるものがないと運用が止まるからVBSで突貫で作っただけです。その後正式に開発に作り直してもらってます」
「作り直した! なんて勿体ない!」
「ログも何も出ない、調整も出来ない代物で運用の根幹を回せないでしょう」
「じゃあ出るようにすればいいんですよ。簡単でしょう」
自分でやれよ。
そう思ったのが顔に出たのか、向かいにいた別システムの人がこっそり笑う。
「簡単なら自分でやればいいのでは」
「いやいや、僕には出来ないですよ」
「出来ないのに簡単って言うんですか。じゃあそれすっごく難しいです。私には出来ません」
「そうやってやる前から放棄するのは、僕はどうかと思いますよ」
挫けないな、この人。鋼のメンタルというか、鋼の壁というか。
こう言う人には「責任はお前が持て」と言っても無駄だ。喜んで引き受けてしまう。
「……やってもいいですけど」
暫く考えたあとにそう切り出した。
「その代わり、私のこの作業代わりにやってください」
「え」
え、じゃない。
「だってそれを私がやるってことは本来の作業計画が狂うってことでしょう。それを補填するのは、貴方の役目です」
強めに言うと、その人は黙り込む。
人に何かを頼むときには、その人の都合を考慮する。これは至極当然のことだ。
「私の作業が遅れて、稼働に影響が出た場合は全て貴方の指示によるものだと言いますが、構いませんよね?」
「いや、だからそれは空き時間で……」
こういう作業は、材料費がかかるわけではないので「タダで出来る仕事」と勘違いされる。しかし、人の時間と労力は確実に奪っている。それを軽視するような過ちは新人時代に卒業して欲しいのだが、どうやらこの人は違うらしい。
「貴方が私のこの作業すれば解決しますよ」
「僕は出来ないんですよ」
「だったら空き時間で覚えればいいんじゃないですか?」
そろそろ私が本気だと気が付いた周囲が、口々に「お前はおかしい」とその人に言い始めた。もうちょっと早く援軍が欲しかったな、とか勝手なことを考えながらも逆に私は口を閉ざす。
志は結構なことだが、それを人に任せたいのならそれなりの方法というものがある。常日頃から良好な関係を築いていれば、多少の無理難題も「じゃあちょっと考えてやろうかな」となるが、特に仲良くもない人に言われても一切やる気が出ない。
「そもそも、開発を軽視した発言はどうかと思う」
「俺達の作業は計画的だけど、お前のは無計画」
「作業のスケジュールを出させておいて、これは無い」
「というかお前の上司はこのこと知ってるの?」
あぁして口々に責められている彼も、常日頃から私達と話をしていればこういうことにはならなかったのにな、と思った若き夏の日。
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