メールとメールで殴り合い

 自分の我が強いことは知っている。なのであまり人とは揉め事を起こさないように生きている。大人の対応が苦手な自覚があるので、多分口論とかになったら、物凄く大人げないことをすると思う。

 といっても別に我慢しているわけではなく、必要以上に踏み込まないだけだ。ちょっと腹の立つ指示をされても、私の頭の片隅に生息している男塾塾生達が走ってきて窯風呂に入り「これが男塾名物油風呂じゃぁああ!」と叫んでくれるので穏やかになれる。叫ばせるのは富樫に限る。


 先月のこと、ふと会社のメールを見ると一つのフォルダだけ妙に数が増えていた。さっき見た時には未読メールなんてなかったのにな、と思いながらも開くと、チーム内の特定の二人(A,B)がやり取りをしていた。


 事の発端は、AさんがBさんの担当するシステムについての問い合わせを受けたことである。

 AさんはBさんに「エラーが出るらしいので調べて欲しい」と言ったが、Bさんはそれに「エラーの画面キャプチャくらい取ってきてよ」と返した。二人とも現地作業で忙しかったため、ここで火が点いてしまう。

 Aさんからすると「お前のシステムだろ。自分で見て来いよ」だし、Bさんからすると「何の情報もなく調べろと言われても無理だ」という主張。まぁ言っていることはわからなくもない。

 お互いに「こっちは忙しいんだ」とメールでやり取りしていて、傍から見ると軽めの戦争である。というかメーリングリストで何をしてるんだ、この人たちは。

 メール画面から顔を反らし、横で何やらお怒りのAさんを見る。


「戦わないで下さいよ」

「だって、腹立つんだもん」


 知るかよ、と思いつつメールの続きを見る。

 不毛な殴り合いの末に、Bさんが「じゃあお客さんに~~って伝えてください」と返したところで途切れていた。


「伝えたんですか?」

「こっちの仕事じゃないでしょ、そんなの」

「だからって皆に見えるもので言い争いしないでくださいよ。ぶん殴りますよ」


 平和主義なのでそう言うと、Aさんは「でもぉ」といいつつ不貞腐れる。現時点でこの病院には、AさんとBさんと私しかいない。よくわからない喧嘩を間近で見ている趣味はない。

 そう思っていると、未読メールが一通増えた。差出人はAさんからだった。


『忙しくてそれどころじゃないんで、自分でやってください』


 すかさずBさんから返信


『こちらもそれどころではありません』


 だから喧嘩するなって言ってるだろうが。油風呂に沈めるぞ。

 そう思っていると、またメールが増えた。今度はメーリングリストではなく、直接私に宛てたものである。此処にはいないメンバーの名前が差出人欄に入っていた。


『喧嘩してるんですか?』

『よくわからないけど喧嘩してるんですよね』

『放っておいて帰った方がいいですよ』


 確かにそれもそうだな、と気が付く。二人が喧嘩しているのを、横で見ている義理は私にはない。


「じゃあ私、関係ないんで帰りますよ」


 パソコンを閉じながらそう言うと、Aさんは意外そうな顔を向けた。


「何で」

「だって仕事終わったし。二人が喧嘩してるのは私には関係ないですし」

「じゃあせめて一緒にお客さんのところに行こうよ」


 それどころじゃないって、さっき言ってなかったか、この人。


「そしたら帰ってもいいからさ」

「いや、一人で行けばいいじゃないですか」

「そうするとBさんに負けたみたいじゃん」


 その瞬間に合点する。

 要するに、AさんはBさんの言い方が気に入らなくて反発するような返信をしていたのである。「一人で伝えにいったらBさんに負けたことになるけど、お前と一緒なら事情が変わる」というわけだ。面倒くさいにも程がある。子供か。


「あ、その前にちょっとお手洗い行ってくる」


 慌ただしくAさんが出ていく。まだ何も言ってないのに、と思いつつも待っていると、今度はBさんが入ってきた。


「あ、丁度よかった。一緒にお客さんのところに説明しに行きませんか?」


 ブルータスよ、お前もか。もう二人で行ってくればいい。

 喧嘩というのは似た者同士だと起こりやすいというが、本当なんだなと納得した次第である。

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