一通り使えます

 世の中、コロナウイルスの話題で持ちきりである。

 ここ数日、ニュースで取り上げられている施設には現在進行形で仕事で赴いている。平素から病原体には強いほうだが、花粉症の時期は例外となるので少々気にしている。このエッセイを続けるためにも、私の健康を祈っていて欲しい。


 先日、仕事をしていた時の事。作業をしている最中に、横でスマフォを弄っていた人がふと口を開いた。


「条件がWordとExcelを一通り使えること……、ってあるんだけどさ、一通りってどのレベル?」


 何かの求人広告でも見たのだろう。確かによく聞くフレーズだが、「一通り」というのに明確な基準点は無いような気がする。

 特に切羽詰まった作業でもないので、キーボードを叩く指を少し緩めた。


「何するかにもよりますけどね。Excelは、変数使って集計とか出来ればいいんじゃないですか?」

「えーでも一通りって言うからにはマクロじゃない?」

「そこまで求めるのレベル高くないですか」


 通常、「一通り」とは「ざっと」に近い意味だと思う。「一通り見てみた」は「ざっと見てみた」になる。

 一通りレベルでマクロまで求めるのは、言うならば「現場を見て回った結果、犯人がわかりましたよ」ぐらいの結果を求められているに等しい。流石にそれはないだろう。いや、でも求人を出す側のレベルによって「一通り」は変わるものだから、一概に無いとも言い切れない。もし探偵が助手に「一通り見て回ってこい」と言ったら、それは間違いなく「何か証拠となるものや手がかりを掴んで来い」という意味だ。助手が「一通り見てきました~」と手ぶらで帰ってきたら探偵は頭を抱えるに違いない。


「そもそもさぁ」


 悩む私のことなど気にも止めずに相手は続ける。


「こういう仕事してると、WordもExcelも使って当たり前じゃん? でも日常的に使ってる人ってそんなにいないよね」


「でもお店とかで発注するのとかに使いません?」


「そういうのはさ、Excelで作ったフォーマットに打ち込むだけじゃん。そうじゃなくて状況や要求に応じて変数使ったり、フォーマット変更したり、そういう作業してる人のことだよ」


 そう言われると、確かに少ないような気がする。

 この前、妹がExcelを知らなくてWordでデータ管理をしていたと聞いて笑ったのは記憶に新しいが、そもそも知らなければ使わないだろう。そう考えていると、何となく答えが出た。


「じゃあ「一通り」っていうのは、臨機応変にある程度使える人のことなんじゃないですか?」

「あ、なるほどねー。……じゃあWordは? Wordの一通りって難しくない?」


 続いた疑問に少し固まる。

 Wordは普段はあまり使わない。というか使うのを極力避けている。

 議事録を作る時などには使用するのだが、毎回毎回「何でそこで改行するの」とか「罫線が、罫線がいなくなってしまったよパトラッシュ……」と嘆いているからだ。単に文字を打ち込むだけならまだマシなのだが、表だの図だの入った瞬間に困惑する。

 そして苦手だから避ける。避けても業務上問題がないので、そのままになる。結果として全く上達しない。多分これに関しては「一通り」のギリギリラインだろう。


「まぁ、私は苦手なんで何とも言えないですけど……」

「あ、いけね」


 急に相手が慌てた声を出した。どうしたのかと思い、視線をそちらに向けると、スマフォを見ながら何か操作をしていた。


「今のところ、申し込んじゃった」

「何してるんですか」

「転職サイト見てたんだよ。あぁ~、パチ屋のデータ管理部に応募しちゃった……」


 人に仕事させておいて何をしているんだ。

 そのまま転職してしまえ。

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