それはまるで人工物の如く

 年末からずっと病院に缶詰め状態で仕事をしていたが、漸く解放された。といっても仕事が終わったわけではない。まだまだ修羅場は続く。それでも毎日朝から晩まで病院の地下や隅っこで作業していた時と比べれば、気分的には雲泥の差だ。

 想像してみて欲しい。同じ「睡眠」でも、椅子の上とベッドの上じゃ全く違うだろう。生き物は環境の中に生きている。だからこそ自分にとって良い環境であれば気分も上がるというわけだ。理論上の精神安定条件なんてヤギに食わせてしまえ。


 それにしても厳しい環境だった。同じチームの人々は、インフルエンザや急性胃腸炎や謎の頭痛、果ては軽めのアルコール依存に陥っていた。時間もなければ金もない、なのにやることは大量にある。しかも人手は全く足らない。

 皆が心身ともにやられていく中で、私はとりあえず自分の精神面の強化を図った。具体的には某金塊漫画の山猫スナイパーのこととか考えた。推しキャラは魂を救うのである。多少のことは萌えでどうにかなる。というかどうかしてる。大体のことは「でもまぁ、此処は明治時代じゃないしな」って思えば楽になる。スイッチ一つで部屋は温まるし、少し歩けばコーヒースタンドがある環境は素晴らしい。


 平均睡眠時間は四時間。毎日二万歩以上歩き回り、指が痛くなるほどキーボードを叩く。食事はコンビニで買ったお握りを必死になって詰め込み、その途中で電話が入るような生活を二週間ほど続けた。

 それも段々と緩やかになってきたころ、一緒のシステムを担当している人と歩きながら「皆の目が淀んだ沼みたい」と話していたら、相手がふと思い出したように言った。


「十二月から数えると、もう殆どの人は一回はぶっ倒れてるね」

「そうですね」

「淡島さんは問題ないの?」

「今のところ普通ですね」


 元気、とか言うと仕事が増えそうなのでそう言うと、相手は「うーん」と首をひねりながら口を開いた。


「淡島さんってさぁ、割と長いこと一緒に仕事してるけど」

「はぁ」

「地味にタフだから倒れないんだよね。あと壊れないし、壊れる気配すらない」


 ……私はビルか何かか。耐久性抜群の人工建築物か。いいんだぞ、今から崩れても。

 あと何だ、地味にタフって。派手にタフな奴がいるのか。スーパーサ〇ヤ人みたいな奴か。

 まぁ親がとっても頑丈に産んでくれたのは認める。ついぞ重い病気になったこともなければ、インフルエンザにすらなったことが無い。毎日のように病院に出入りしているのに、風邪も滅多にひかない。どうやら抗体がつきにくい体らしいのに、この有様。自分の頑丈さが嫌になる時すらある。


「じゃあ期待に沿うために、来月ぐらいにぶっ壊れておきますね」

「普通に休んで」


 酒と煙草とゲームと山猫スナイパーを基礎として、人工建築物かりすは今年も元気に仕事をする。

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