用件次第

 SNSを見ていたら「明日時間ある?」とだけ送られてきたメッセージに対して「用件次第」と独白しているイラストがあった。空いているからといって、鼠の国に行くほどのテンションや金がない場合もあるし、そもそも集合時間が早かったり、目的地が遠かったら遠慮したいこともあるだろう。


 そういう聞き方する人がいたような気がして考えてみたら、つい先日に一緒に働いている人から「再来年空いてる?」と聞かれたばかりだった。これだって用件次第だ。というか再来年まで予定が詰まっている一般人は皆無に等しいと思う。


「何でですか」

「こういう仕事があってさー。全国行脚しないといけないんだ」


 ほら、と見せられたリストはあまり見覚えのない地名が並んでいた。見覚えがあるものの中には、どう考えても島が混じっている。嫌味混じりに「魅力的ですね」と言ったら、相手は別の資料を開いた。


「やることは簡単なんだよ。システム入れて、特定のサービスを追加していくだけ」

「じゃあ一人でやればいいのに」

「細々したことやってくれる人が欲しいんだよ」


 細々って、要するに雑用だろう。そう思っていると、相手は私が考えていることを察したか、否定を挟んだ。


「いや、違うよ? 流石に淡島さんを使うのは勿体ないとは思ってるよ?」

「じゃあ新人でも連れて行ったら?」

「でもさー、内容が結構細部にわたるから、雑な仕事する人は困るんだよ」


 リストを意味もなくスクロールしながら、その人は溜息をつく。


「思いつかなくて」

「どういう人材がいいんですか?」

「そうだなー。完璧主義だと疲れちゃうから、適当な性格で適度に気が利いて、出張も厭わなくて、どこでも寝れる人。あと酒飲めて、コミュニケーション力がある人がいい」

「高望みしすぎ」

「淡島さんが丁度いいんだよね」


 要するに私のことを適当な性格で、どこでも寝れると思っているわけだ。別に間違ってはいないが。


「新人にそれ求めたら駄目ですよ」

「じゃあ一緒に全国回ろうよ。美味しい酒好きでしょ?」


 美味しい酒は好きだけど、全国行脚は好きじゃない。

 それに島が船移動だったら嫌だ。海なし県育ちのインドア人間は船酔いに非常に弱い。そう零したら相手は目を見開いた。


「そっか。俺も船は嫌だな。じゃあ求める人材像にそれも追加」


 ますます門が狭くなった。恐らく新人は誰も採用できないが、彼らにとっては嬉しいことかもしれない。「大学時代はヒッチハイカーとして生活していました」みたいな人材は雇っていない。寧ろ「大学では生物学を専攻しており、院では苔の研究をしていました」系の子ばかりだ。急に「椅子の上で寝て飛行機の中で仕事しろ」なんて案件に入れられたら天に召されてしまう。


「偶にならいいですよ。ほら、こことか」


 リストの中から一点を指さす。


「金沢じゃん。あったんだ」

「金沢ならいいですよ。ちょっと入れに行って、加賀前寿司食べて、温泉入って帰る」

「なんて難しい……新人には任せられないな」


 取らぬ狸の皮算用によく似た何かを互いに口にしながら、想像だけ膨らませていく。如何せん予定が先過ぎて具体的なイメージが何一つ出てこない。


「というか来年の後半でしょ? 新人適当に鍛えたらいいんじゃないですか?」

「俺が今まで何人の新人を潰したか知ってるだろ。新人クラッシャーなんて言われてるんだぞ。何もしてないのに」


 確かにパワハラとかセクハラには縁遠い人なのだが、何しろ案件がハードなうえに、元々若手を育てるのが不得手だから、新人をついつい放置してしまう。そして新人は病んでしまう。お互い不幸なことだ。

 まぁ新人クラッシャーという仇名を広めたのは私だけど。


「もっとハードル下げたほうがいいですよ」

「面倒くさい。やっぱり再来年開けといて」


 用件次第です。

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