利子はどんぐりで

 カクヨムコンが始まったが、時間がないので今年も去年と同じものをエントリーして終わりである。本当は書きたいものはあるのだが、色々とやることが多すぎて趣味にまで時間が回らない。どうにか出来ないかな、と短眠の本とか読んでみたが、寝ることが現状の楽しみであることを思い出して諦めた。「睡眠時間が少なくても肉体に負担はありません」とか本は熱く語っていたが、私には無理である。どんな理屈も理論も、等しく「精神」の前では無力だ。もし理屈が全てをコントロール出来るのであれば、この世は容易にディストピアになっているし、私は金塊アイヌ漫画の新刊を楽しみに生きていない。


 年末に向けて何かと忙しいのだが、例年通りに「年内に何とかして欲しい」という保守の案件がいくつも滑り込んでくる。有り余ってる新人を使ってどうにかすればいいのに、と思うが、大体は過去に突貫で動かした案件が故に「保守用の資料も何も残ってないからわからない」というパターンに陥っている。新人を使おうにも、まずその案件を身体で覚えている人間が必要というわけだ。


 そんな小さな案件の山をちょっとずつ切り崩していたら、課長が声を掛けてきた。普段はあまり話さないので最大限の警戒を持って応じる。


「かりすさんは、N病院ってやってた?」

「やってましたよ。稼働メンバでしたし」


 そう言うと、課長は笑顔になった。


「今度、リプレースするんだよね。それでU君がプロマネやるんだよ」

「そうなんですか」

「だから、ちょっと手伝ってもらえないかな」


 絶対、ちょっとじゃない。ちょっとと言われてちょっとだった試しはない。この前の突貫工事だってそうだった。大人は汚いので純粋無垢な私をいつも騙そうとする。


「どのぐらいですか」

「えーっとね、切り替えまでのサポートかな。メインメンバはいるよ」


 メインがいるから、お前はサポートをしろと言うわけだ。

 なるほど、それなら良いかもしれない。なんて騙されてはいけない。


「誰ですか」

「Bさん」


 Bさん。あぁ、開発部の。

 え、開発部のBさんがなんで現地メンバに入ってるの?

 疑問に思う私の表情に気がついたか、課長はそのまま補足する。


「実は違う人がやるはずだったんだけど、その人が都合悪くなってね」

「それで何で開発部に話が回るんですか」

「色々あるんだよ。とりあえず後でUに電話させるから、よろしく」


 何がよろしくなのかわからない。しかしその時は時間がなかったので深く突っ込めなかった。

 翌日、Uさんから電話がかかってきた。受話器の向こうで、平素あまり話さない相手の、あまり聞き慣れない声がする。


「課長から話聞きましたよね」

「聞いた。Bさんのサポートって言われましたよ」

「いや、かりすさん入るからBさん入れないって言われましたよ」


 ほらー、大人汚い。大人は心が汚れてる。


「ガッツリは入れないですよ。他にも三つぐらい案件あるし」

「いやー、でもかりすさんに手伝ってもらわないとキツいんですよ」


 口だけは上手なことで。私が新人に毛が生えた頃なら、そんな台詞に尻尾振って飛びついたかもしれないが、生憎と既に心はカサカサに乾いている。相手の言葉の真意が「他に頼む人いないから、こいつを説き伏せてぶん投げよう」であることぐらいわかっている。


「あ、作業用に新人つけるから使っていいですよ」

「新人って?」

「今年入った一年目。ついでだから病院のシステム一通り教えてやってくださいよ」


 やだよ。そこの病院、典型的な「保守の資料残ってないし、やってた人しかわからない」案件だもん。そんなところを一から丁寧に教えてられるか。というかそれは私の仕事じゃない。そう思っていたら、うっかり口を滑らせた。


「嫌です。それなら一人でやります」

「あ、やってくれるんですね」


 しまった。一つのことに気を取られて本題のほうに意識が向いていなかった。

 これだから大人は嫌いだ。私はピュアな世界で生きていきたい。ピュアな住人相手に高利貸しをして生きていきたい。トイチぐらいで可愛く商売したい。そう考える師走の中旬である。

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