突貫工事で待ち合わせ 後編
あまりに納期が短すぎて突貫工事をしなきゃいけなくなった後編。
さて、十日ではとても作れないシステム要件を前に出た選択肢は二つである。一つはプロマネに土下座の練習をさせること、もう一つは別の案件で使ったアプリケーションを掻き集めることである。
とりあえず土下座の練習はしてもらうことにして、片っ端から資料を漁り、心当たりに電話をかけまくった。結果として、七つの案件からちょっとずつアプリケーションを掻き集めれば、似たものが作れるかも? という推論は出せた。なんて無力なドラゴンボールだ。多分出てくるのは萎びた緑色のトカゲだろう。しかしやってみるしかない。何しろ猶予は殆どないのだ。
設定を変えたり、データベースを変更するためのトリガーを作ったり、裏で定周期でデータを整形するものを動かしたり、と必死こいて作業をしていたら、あっという間に稼働日になってしまった。因みに掻き集めたものを手に入れてから、まだ五日しか経っていない。しかも、まだ半分ほどの機能が動いていない。
さてどうするか。
これが出来たドラマなら、限界を迎えた私が一人寒空の外に出て涙ぐみ、空を見上げることだろう。白い息の向こうに透ける星空を見て「宇宙の広さに比べてなんてちっぽけなことで悩んでいるのだろう」とか開眼して、両手で頬を叩いて引き返すことだろう。
しかしこれは現実なので、星も見えない作業室で、煙草吸いたいなーとか思いながら不貞腐れた顔でモニタを睨みつけるしかない。頭の中でいくつもの案を並べては一つずつ切り落としていき、作業の優先順位を考える。とりあえず出来ていないものは仕方ないので、出来るところから片づけよう。そうしよう。そう思ってキーボードに手を伸ばしたらプロマネが作業部屋にやってきた。
「XXの機能出来てないんでしょ? どうするの?」
「後で考えます」
「どうするか決めないと」
それを考えたところで、作業をするのは私である。
だったら先に片づけられることは片づけたほうがよくないだろうか。生憎と時間は有限であり、私の頭は一つしかない。プロマネが「全部一気に終わらせよう」という考えを持つのは結構だが、正直に言えば付き合ってあげる余裕はない。
「先に、他の作業を終わらせましょう。一つの作業に拘って全体の進捗を遅らせるよりは、「残件は一つです」で報告したほうがお客様の心象も良いはずです」
そう説き伏せて、キーボードを打ち始める。
残件の数に関わらずお客様に頭を下げるのはプロマネの役目だが、それはそれである。
夜更けの作業室で黙々と作業をしていると、勘が冴えて来た。現場作業あるある。
多分、早く帰りたい一心がそうさせている気がする。
山積みになっていた作業リストを片っ端から片づけ、更に問題となっていた未実装の機能にも取り掛かる。どこかの案件から無理矢理持ってきたものが動かないのでプロマネはお困りのようだが、そりゃ動かなくても仕方ないだろう。こういうのは焦ってもシステム側が慮ってくれるわけではない。焦らず冷静に対処する。
なるほど、ここが違うのか。設定ではどうしようもないから、データベースへの格納時に処理を行うようにトリガーを仕込もう。いや、それだと必要な情報が足らないな。幸いに処理しているのはJavaだから、自分のパソコンでコンパイルするか。
などと頭の中でぐるぐると考えつつ、黙々と作業を進める。隣には別システムの担当者がいたが、そちらは私がこういう性格だと知っているので口を挟んでは来なかった。
作業を進めること三時間。なんだかんだで望んでいた機能が動き始めた。正直半分くらい勘なので、対処法も手段もツギハギ状態である。でも動けば正義だ。動いてしまえばこっちのもので、後は止まろうがバグを起こそうが「修正します」と言えば良い。最初から動かないのに比べれば数百倍マシである。
隣の人に「出来たからちょっと煙草吸ってきますねー」と告げて、病院の外に出る。曇り空なので星どころか月も見えない。遠くで消防車のサイレンの音が聞こえるぐらいである。それでも足取り軽く駐車場まで行くと、誰かが電話をしている声が聞こえて来た。
駐車場と道路を隔てる花壇に腰を下ろして電話をしているのは、さっきから姿が見えないプロマネだった。電話の相手は上司にあたる人だろう。凍えそうな、というより悲し気な声で携帯に話しかけている。
「まだ、肝心のXXの機能が動いていなくて……いえ、内容までは。明日までに動かなかった場合は、謝罪が必要ですよね……?」
そういえば、報告するのを忘れてた。二時間ぐらいで修正箇所の目途がついたから、報告するのは後回しにしたのだが、それがプロマネの絶望を誘ったらしい。じゃあ聞いてくれよ、とも思うが、根はやさしい人なので私の作業の邪魔をしないでくれたのだろう。
ありがとう、プロマネ。ごめんね、プロマネ。
薄っぺらい気持ちで一人ごちて煙草を口に咥える。深夜の冷えた空気の中、人の嘆きを聞きながら吸うメンソールはとても美味しかった。
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