残業超過と幻影と
残業が規定を超えた場合、健康診断を受ける必要がある。と言えどもこれは会社の規模や仕事の内容で結構違う気もする。積極的に比較したことがないから知らないが。
大体、月の残業が百時間とかになると健康診断を受けるための問診票が渡される。いや八十時間だったか? 細かいことは忘れた。というか七十時間超えたら二十時間程度は誤差の範囲内だと思っている(個人差があります)。
出張中に残業時間が超過してしまうと大変面倒である。その病院の健診センターのお世話にならなければならない。幸い、私はそんな状況に陥ったことはないが、周囲の人は真面目にお仕事をしているためか、結構な頻度で出張中に健康診断を受ける羽目になっている。
先日の出張でも数名が健康診断の対象になった。作業室で問診票を書いている人に近付くと、その人は私を一瞥してから問診票を指さした。そこにはいくつかの質問事項が並んでいる。
「こういうのさ、昔は全部「いいえ」だったんだけど、今は結構当てはまるんだよね」
「疲労が抜けにくくなりますからね」
質問事項を見ると、「夜眠れない」「疲れがとれない」「イライラする」などの言葉が並んでいた。
「すげぇ当てはまるんだよ。やばいかな」
それを見極めるための健康診断ではないのか、と思いながら視線を下へ移していくと、目に留まった項目があった。思わず反射的に質問が口から飛び出す。
「え、もしかして「憂鬱だ」も当てはまるんですか?」
「俺は憂鬱という感覚を知らない」
コンマ二秒で迷いもなく返答された。何それ、格好いい。前向きな中二病って感じがする。流石、メンタルが強靭すぎる人は凡人とは一味違う。
二人でケラケラ笑っていると、近くにいたプロマネが同じ問診票から顔を上げた。
「というか、淡島さんは残業超過してないの?」
「してないですよ」
相手の問診票をチラッと見てから返す。どうやらプロマネは頭痛が酷いし憂鬱らしい。そういえば顔色も悪いし、食欲もないようだし、寝不足を毎日訴えているな、と思い出す。
「結構働いてないっけ?」
「私はお二人と違って管理作業がないから総合的には残業は少なめなんですよ」
「あぁ、そういうこと」
「淡島さんは放っておけばどうにか動かしてくれるからねー。直前で呼んでも大丈夫」
そこは大丈夫ではないので、基本的には余裕を持って呼んで欲しい。時間がなければ時間がないなりに強引に片づけているだけで、私だって偶にはゆっくりとティータイムなど挟みながら仕事をしたい時もある。
軽く睨みつけると、相手は見ない振りをしてプロマネに話を振った。
「これ、結果が引っかかるとどうなるの? 強制送還?」
「帰されはしないけど、残業禁止だろうね」
「最近顔色やばいしさ、引っかかるんじゃないの? やだよ、途中でプロマネ消えましたとか」
能天気に笑うその人に、プロマネは苦笑いを返しながら立ち上がる。
「じゃあ健診受けてくるから、淡島さんは留守番よろしく」
お任せ下さい、と煙草の箱を握りしめながら快く見送った。今のところ健康診断で引っかかっていないので、私は絶賛スモーカー人生である。少し前に禁煙しそうだというエッセイを書いた気もするが、多分何かの間違いだ。
体は頑丈な方だが、生活習慣が非常に悪いので健康面には何かと気を使いたい今日この頃である。とりあえずヨーグルトとか積極的に摂取しようかと思う。
因みに、健診の結果はプロマネは問題なくて、茶化していたほうが尿検査で引っかかった。暫くは残業してはいけないというお達しが下されたので、夜八時現在、私の眼に映っているこの人は残像と思うことにする。
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