タイフーンエピソード

 日曜日から月曜朝にかけて台風が関東を直撃した。その影響でJR各線は運転見合わせとなった。何も予定が無かったら「午前休します」と会社に告げてベッドに住み着けば良いわけだが、医療系エンジニアはそういうわけにも行かない。こういう時こそ問い合わせが殺到する。


 仕方がないので十時ごろに自宅を出て、私鉄を乗り継ぎながらダラダラと都心に向かったのだが、その間も着信が結構あった。放っておくと何度も鳴るので一度は出る。


「今、会社にいますか」

「駅の入場規制が解除されないと無理ですね」

「いつ頃到着できますか」


 それがわかったら最初から言ってる。相手は岩手だから、こちらの状況はわからないのだろう。多分ニュースをつけたところで「JR各線は安全が確認され次第……」みたいなテロップしか流れていないだろうし。


 まぁこれは暫く動かないな、と見切りをつけて駅を離脱する。私鉄を何回か乗り継げば、一時間ぐらいで目的地に着く筈だ。ちょっと面倒だが、かといってあの大混雑の中で揉みくちゃにされる趣味もない。


 JR以外は普通に運行をしていたので、通路や改札は非常に空いていた。というよりJRから来る客がいないので、空いているように見えるのかもしれない。

 改札を通ろうとした時に再び着信があった。岩手のあの人だ。


「すぐに対応してほしいんです」

「だから電車動いてないんですよ」

「でも実際、今トラブルで」

「何のために現地いるんですか。働け」


 大体、私はこの案件の担当ではない。対応すべきは彼だ。あまりに困っているから何度か助けてあげただけだ。人の善意に付け込まないで欲しい。

 電話を切ると、すかさず次の電話が鳴った。相手は、今日一緒に作業をする人だった。


「ごめんねー、動かなくてさ」

「動かないですよねー。でも私鉄に乗ればなんとか……」

「え、でも辿り着いたところで棚からパソコン出せないだろ?」


 あ、そうだった。

 共用保管スペースの鍵は、この人が持ってるんだった。


「先輩はいつ着くんですか」

「JR動かないと何処にも行けない」


 じゃあ私だけ先についても意味ないな。というか着いたところで椅子を回転させながら天井を見上げるぐらいしかやることがない。


「だからこっちが到着するまで、他の案件の……」

「いや、よく考えたら私もJR動かないと辿り着けないんでした。待ちます」


 電話を切って改札に背を向ける。

 此処まで来たら、今日は自分の作業しかしたくない。会社で暇そうにしていたら、皆に手伝わされて自分の作業が進まないに決まっている。こんな日ぐらいは自分勝手でも良いだろう。私は淡島かりす。JRがないと何処にも行けない生命体。

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