ハンドル握ると

 車の運転には個性が出る。大雑把に分けると、荒いか丁寧かというところだが、それにも色々種類がある。

 仕事の状況的に、私は二人で移動することが多い。その場合、ほぼ例外なく助手席に座る。私は何もしなくても車の外を眺めるだけで数時間は問題なく過ごせるのだが、乗せてもらっている身でそんなことは出来ないので、色々と話をしながら相手の運転を観察していることが多い。


 奥さんが恐妻家で、門限が決められている人と仕事をしていた時のこと。

 関東某地区は電車で行くより車のほうが何かと便利で、その人の家の少し手前に私の家もあったので、近場で下ろしてもらうことが多かった。しかしある日、渋滞に巻き込まれて到着時間がいつもより遅くなった。

 ハンドルを握りながら、その人は何度も時計を見て溜息をついていた。何度見たところで時間は逆行しないと思うのだが、急いでいる人がエレベータで何度も閉ボタンを押すのと心境的には同じなのだろう。口には出さなかったが明らかに焦っており、そのために運転もいつもより荒かった。助手席に座っていた私は、それを見て口を開いた。


「何なら適当なところで下ろしてもいいですよ」


 そう言うと、その人は少し悩む素振りを見せた。帰路上にあるとは言えども、直線上に家が並んでいるわけでもないので、私を下ろすには最寄りの駅のロータリーに入る必要がある。その手間さえ省略すれば、少しは早く帰れるというわけだ。


「いや、いいですよ。今回かなり無理してスケジュール組んでもらったし」


 諦めたような笑みとは裏腹に運転速度は上がる。法定速度はギリギリ守っているとは言えども、かなり危なっかしい。

 必死な様子を見ていると、無駄話をするのも躊躇われて、スマホを弄って時間を潰す。

 暫くそのまま走っていると、十字路で突然その人がブレーキを踏んだ。対向車線から右折する車に寸前で気付いたためだった。身体がガグンと揺れると同時に、運転席から私を庇うように左手が伸びた。


「ごめんなさい」

「大丈夫です」


 多分普段は助手席に子供を載せているのだろうな、と微笑ましい気持ちになると同時に、ふと思う。

 荒い運転をしなければ、こういう行動に出なくてもいいのではないか?


「事故るの嫌ですよ」

「わかってます、わかってます」


 また時計をチラッと見て、その人はアクセルを踏む。

 門限守っても事故ったら意味ない気がするが、余所の家庭に口を出しても仕方がないので、黙って座り直す。

 結果として同じことを三回繰り返した後に、私は五体満足で最寄り駅のロータリーに下ろされた。私が車のドアを閉めると同時に、その人は勢い良く出発していった。

 いや、だから。安全運転で行きましょうよ。


 乗せてもらっている身分なので直接言うことは出来ないが、運転手の運転技術には時折冷汗を垂らすことが多い。この人はまだマシな方で、もっと運転が荒い……というかカーブが下手な人とか、駐車が下手な人とかもいる。助手席が一番事故りやすいといえども、運転させておいて後部座席に乗るわけにはいかないし、ちょっと困りものである。


 因みに、最近で一番怖かった運転は直属の上司である。

 よっぽど疲れていたのか、交差点の手前50m、何も無い場所で急に停車した。

 上司の頭の中では、そこは十字路だったらしい。


 運転手が疲れている時や急いでいる時の車には、なんとか乗らずに過ごしたいものだが、そうも言っていられないのが辛いところだ。

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