リハーサルシナリオ

 リハーサルというものが存在する。

 新しいシステムに変わる前に、一度それを使った運用を想定した演習をするのである。

 勿論平日や、普通に診療を行っている日には実施出来ないので、日曜日や深夜などに行われる。ネットワークの切り替え作業とか色々問題があるからだ。


 リハーサルでは、実際に患者が病院に訪れたところから開始する。病院に来た人が受付を行い、実際に診療科で診察を受けて、その後に検査を受けて……と結構やることは多い。毎回様々なトラブルが起きるので、我々はその問題点を洗いだした上で、実際にそのシステムが使われる前に対策を行う。


 しかし、システムというのはいつもは当たり前のように使われ続けるものなので、リハーサルの間は殆どやることがない。せいぜいがサーバで更新されるログやデータベースを覗き見ながら、「まだこのシステムを使う段階ではないな」とか確認する程度だ。

 なので、暇つぶしに周囲の状況を見ていることが多い。新システムで操作方法がわからずに慌てる人々や、その待ち時間に苛々する人々、更にその状況を見ながら何かを紙に書き連ねる病院の責任者。


 リハーサルでは様々な患者に、病院で発生しうる検査のパターンや手続きを適用する。それらが記載されたリハーサルシナリオを見ていると、結構イレギュラーな検査が多い。多分、こんなのは十年に一度起きるか起きないかだろうな、というのもきちんと想定されている。


 患者役の人たちも、自分が次に何処に行くべきか、何をすべきなのかを把握して動く。多分知らせないほうが実際の運用パターンには近くなるのだろうが、それだと多分まる一日かけてもリハーサルが終わらないので、そこはちょっとした手心というやつである。


 先日、リハーサルに参加した時に端末のネットワーク接続状態を調べに病院の受付まで行ったら、患者役の人と受付役の人がなにやら話していた。

 「失礼しまーす」と言いながらそこに近づいて、端末の傍にしゃがみこんだ時に患者役の人が落ち着いた声で言うのが聞こえた。


「じゃあ自分は今から死にますので」

「わかりました」


 何だそれ、と思ってスーツのポケットにねじ込んでいたリハーサルのシナリオを見たら「頭痛により来院、受付後に死亡」というパターンだった。

 その事象自体はあるかもしれないけど、死にますと自己申告する人はいないだろう。

 死人となった患者役の人は、悠々とその場を立ち去っていった。

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