灼熱の害意

 急に暑くなってきて、気分は急降下である。先日は後輩が、出社中に気分が悪くなって休みの連絡を入れてきたが、この暑さではさにあらん。寒くて出社出来ないということはないが、暑くて出来ないのはよくわかる。


 暑さで思い出すのは、群馬県は前橋の仕事だった。灼熱の太陽が頭上から降り注ぎ、駅に設置されたミストシャワーも「いや無理っすわ」と自らの無力さを自嘲するかのように、数ヵ所起動していなかった。


 病院までタクシーで移動しようとしたら、マネージャーが駄目だという。病院まで二キロないからとか、予算がないからとか、そんなことをボソボソ言っていた。

 いやいや。仮に我々が全員、財布に五円チョコしか入っていなかったのなら、そりゃ乗っては駄目だろう。無銭乗車になるからだ。しかし、財布には金がある。タクシーのメーターがいくら回転率がよくても二千円もいかないだろう。二千円で駄目になる案件は元から駄目だと思う。私が保証する。


「え、でも道すがら倒れたらどうします? 私、機材二キロ持ってますよ」

「まぁそこは、日陰とか使ってもらって」

「熱中症は日陰でも夜でも起きますよ」


 蒸し暑い駅前で口論するのに疲れたのか、最終的にはタクシーに乗ることをマネージャーが許可した。というか働かせるなら自腹でも出して欲しい。


 病院に着くと、作業をするためにサーバ室に向かった。汗だくの体には却って毒なほどの冷気に満たされていた。荷物を下ろし、一息ついてから作業を始めようとすると、マネージャーがこちらの作業を急かして来た。


 いやいやいや。

 貴方はもしかしたら知らないのかも知れないが、私には汗腺というものがある。現在進行形で汗が流れ落ちている。こんな状態でサーバの中に首を突っ込み作業をしろと言うのか。間違いなく何かに汗がつく。

 時間がないと言われても、五分ぐらいどうにかなるだろう。大体、タクシーを使わなかったら未だに辿り着いていない時間である。何を言っているのか、非常に謎だ。


 「知るかボケ、じゃあてめぇがやれよ人型パイナップル」とオブラート十枚ぐらい重ねて言うと、マネージャーはぶつぶつ言いながら何処かに消えた。別にいなくても作業は出来るから問題ない。

 一人快適に黙々と作業をしていると、一時間ほどしてマネージャーが戻ってきた。


「切替日って、淡島さん来るんだっけ」

「いや、私は来ませんよ。その翌日のデータ整形には来ます」

「そっか」


 何だ今の会話。違和感を覚えて問い直すと、とんでもない答えが返ってきた。


「廃棄機材をこっちで片づけることになってさ、人がどのぐらい必要かなーって」


 廃棄されるのは、別ベンダーの機材ですよね。

 うちが片付ける筋合いはないですよね。


「廃棄するのに業者要りますよね。追加の料金取ったんですか?」

「いやぁ、言えなくて」


 単純計算で二トントラック一台必要な量の廃棄物を病院から撤去するのに、どれぐらいの金が必要か。粗大ごみを一個捨てるのとは訳が違う。

 知らない。私は何も聞かなかった。

 そう自分に言い聞かせてサーバに向き直る。自己保身は大切だ。



 そして切替の翌日。

 サーバ室には疲れ切った人々が死屍累々していた。

 なんでも手配した廃品回収の業者は、詳しいことを聞いていなかったので軽トラックで来たらしい。山ほど積み上げられた廃棄物を見て絶句したと言うが、想像に難くない。私だって絶句する。

 廃棄するものは元々別のベンダーの管理だったために、撤去するのも集めるのも大変で、当初呼んだ作業員たちに加えてシステムエンジニアも手伝うことになったが、それでも終わったのは明け方だったと言う。

 諸悪の根源は先月患ったヘルニアのため、作業の手伝いはせず、自分のやったことを棚に上げて「時間がかかりすぎなんだよ。もっと準備とか段取りとか上手く出来ないかなぁ?」とご立腹だった。


 以下、好きな漫画より抜粋。


 何言ってるの?

 貴方が集めた部下でしょう 貴方が立てた計画でしょう

 だったら貴方が指導者として無能なのよ



※出典:『血まみれスケバンチェーンソー(作・三木本礼)』

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