新人教育

 最近、キーボードの調子が悪くていまいち筆が乗らなかった。

 Sのキーが打てなくなってしまったのである。Sが打てなくなると何が困るって、現在執筆中の作品の登場人物の50%の名前が未知なるものになってしまう(Sがつくキャラが多い)。そんなわけで放置していたら、今度は書く意欲が減ってしまった。人間とは贅沢な生き物である。


 最近社内の人間は皆忙しく、新人にかまっている暇がない。といっても人材を遊ばせておくわけにもいかないので、「こいつに頼みたくないんだけど」という感じで私にお鉢が回ってきた。

 私だって暇じゃないんだけどな、と思ったが仕方がない。新人の教育は社員の務めである。とりあえず自分で抱えているデータベースの構築案件があったので、それをプロジェクト化して新人にやらせることにした。

 実際は自分でやれば一日で片付くので、あくまで教育が名目である。初々しい新人にそんな裏話は明かさず、敢えて本物のプロジェクトのように振る舞うのがポイントだ。新人が途中で逃げ出そうが投げ出そうが私は一切痛くない(ただし会社からの評価は落ちる)。


 データベースのことは知らないというので、初歩的なコマンドから教えることにした。コマンドを端末で打ち込めば欲しい情報が表示されるという極めて単純な仕組みである。


「例えば、このテーブルのUserというデータ列の値を表示したいとするでしょ。その場合はこうやって……」と私にしては至極親切に教えた(つもり)。その後、いくつかのテーブルから任意の値を取得するように告げて席を離れた。量からして三十分もあれば充分だと踏んだので、しばらく自分の仕事をしてから新人のところに戻った。


「出来た?」

「はい!」


 元気よく答えた新人が見せてくれたのは、「User」のデータ列を表示したテーブルの群れだった。しかし、User列はその中の一つのテーブルにしか存在しない。どういうことかと尋ねると、新人は首を傾げながら答えた。


「あの、他のテーブルにUser列がなくて、でも淡島さんがUser列を出せって。だから列を足しました」


 言ってないよ?

 あれはあくまで例題だよ?


 要するに私としては「1+1=2になります。これを踏まえて3+5の答えを出して下さい」というつもりで例を出したのだが、新人は「3+5の答えを出すには1+1を使うんだ!」と思い込んだらしい。なんでそうなる。

 というか勝手にデータ列を増やさないで欲しい。冒険心は今は必要ない。後に取っておきなさい。


 これまで直属の部下を持ったことがないので、指導力に難があることは認める。会社も私の指導力の低さというか、そういう点のコミュニケーション力に難があることは知っている。

 しかしそれを差し引いても、決定的に何かがすれ違っている気がするのは気のせいだろうか。気のせいだといいのだが。

 新人の指導は暫く続くので、何かあったらまた書こうと思う。

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