ぺたぺたする床
稼働立会三日目。
少し落ち着いてきたところに、今期の新人がやってきた。配属される上司がこの稼働立会のメンバなので、「お手伝い」の名目で挨拶に来たのだと言う。
私は全く関係ないので、床のゴミを片づけて遊んでいた。二年目の若手に何をしているか尋ねられたので、素直に暇だと答えた上で、上手いこと言いくるめて相手を現場に送り込むことに成功した。現場に行くと強制的に数時間立ちっぱなしになるので嫌なのである。
一応の見栄で履いているパンプスは、靴底が薄かったのか足裏にダイレクトに床の感触を伝えてくる。別に弊社はパンプス強制ではないが、お客さんの中にはこういうことに煩い人もいるので、履かないといけないことも多い。
パンプスも痛くなければ履くのだが、当たりを見つけるのは結構至難の技である。水を使ったクッションが入っているという謳い文句の靴は、全く合わなかった。足の裏がズルズルになった。店の人は「柔らかいインソールで疲れないんですよ」なんて言っていたが、一日履いただけで世界を呪いたくなるほどだった。
稼働立会四日目。
痛い靴を持て余していると、作業部屋の清掃をするようにマネージャーに言われた。新人を使っても良いと言われたので、まずは大きな荷物を運び出すことにした。
古いモニタ五台。古い筐体が三台。何かはわからないパーツが山ほど入ったケース。そんなものを次々と部屋の外へと出す。途中でマネージャーが戻ってきたが、モニタを二台抱えている私を見て呆れていた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ、スクエアモニタだし」
「いや、新人君とかに頼みなよ……。女の子でしょ」
女の子という年はとっくに過ぎているが、まぁ落下や破損のリスクが男性より高いのは認める。次からそうしようと思いつつモニタをゴミ収集用のスペースに置いたが、生憎とそれが最後だった。
作業部屋に戻ってみると、床の上にガムテープの跡が残っていた。電源ケーブルやLANケーブルを足で引っかけないように床に貼りつけていたのだが、たった一ヶ月の間にガムテープの粘着部分が床にこびりついてしまっていた。
養生テープにすればよかった、とか思っても後の祭り。傍ですることもなく突っ立ってる新人達に顔を向けて、にこやかに指示を出した。
「消しゴムある?」
ガムテープのペタペタは消しゴムで取れる。多分摩擦力とかの関係で取れるのだろうが、理屈は知らない。取れればいいのだ。
あと、実はハンドクリームのほうがよく取れる。しかし残念なことに私はハンドクリームなんて持ち合わせていない。女子力は限りなく低いのである。
皆で消しゴムで床を擦るという、傍から見たら謎の儀式をやっていると、電話がかかってきた。別の場所で仕事をしている人からのもので、ある通信仕様について教えて欲しいという内容だった。
「今忙しいの?」
「こういう事情で、床のペタペタ取ってます。新人君の教育として」
「あー、それは大事な仕事だね」
そう。こういうのが大事なのである。
特に新人時代なんて、大事な仕事を任されることなんて少ない。ゴミ拾いとか資料の整理が大半である。今後同じような仕事が発生した時に、「このペタペタは消しゴムで落ちますよ」と颯爽と作業をすれば、新人に対する皆の評価も上がると言うものである。
「で、モダリティの通信なんだけど」
「ペタペタ落とすのに忙しいんですけど」
「それはそれ、これはこれ」
大事な仕事だと言ったくせに、なんだこの掌返しは。
「だってそれ、誰でも出来るじゃない。誰かに任せちゃえば?」
それも一理ある。誰でも出来る作業は皆で分担すべきだ。
床から立ち上がった私は周囲を見回すと、窓際で皆の働きを見守っていた部長を呼び止めて消しゴムを渡し、そして部屋を出て行った。誰でも出来るから安心である。
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