直接と間接

 今月も一つ案件を稼働させた。会社に報告する時に、「いやぁ無事に一徹で済みましたよ」と言って新人の頭をバグらせることに成功した。なお会社からは新人に不安を与えないために、あまり喋るなと言われている。

 梅雨入り時の仕事は雨に濡れることが多いので厄介だ。バッグの中に入れたパソコンが万が一でも水没したらと考えると、おちおち傘も傾けられない。バッグを守るために自らが濡れるのもよく有ることである。雨宿りついでに会社に電話を掛けて「凄い雨だから、もはや靴とか要らない気がする」と言って、電話番の新人を大いに戸惑わせた。因みにずっと外で仕事をしていたために、新人にはまだ会ったことがない。直接会って話せば、各種誤解も解けそうな気がする。


 直接と言えば、間接的に関わってしまったために無限地獄に嵌っている仕事がある。

 九州の方の案件で、かなり前にちょっとした通信アプリケーションを導入した。現地では元々、あるシステムが動いていて、そのシステムが他の装置にデータを送信するために必要な仕組みだった。納品して、無事に動いているのを確認して、その仕事は大体二ヶ月ぐらいで終わった。


 その二年後、システムがリプレースされてバージョンが上がった。

 大きな病院だったので、人員も多くアサインされたのだが、その時には私は別の案件に携わっていたので、呼ばれることはなかった。

 よくは知らないが、上手く稼働はしたらしい。


 更に一年後、どういうわけだか通信が停止してしまった。通信の仕様書には私の名前が書いてあるから、当然のように連絡が入る。昨日飲んだ酒の量も覚えてないのに、三年前の通信なんか覚えてるかよ、と思いつつも現地のサーバをリモートで調べてみると、謎の事態が発生していた。


 何で、通信が二個に増えてるの?

 何で、本来なら一件ずつ送信される筈のデータが二件ずつになってるの?

 しかもこのデータ、どうやって作成してるの?


 これは私が作った通信ではない。何かが変わってしまっている。

 恐らく、システムリプレース時に「バージョンアップしたから通信もその内容に沿ったものにしよう」と考えたのだろう。だが残念なことに、誰も私に聞いていない。全ては憶測によって進んだに違いなかった。

 結果として、サーバで動いている通信は謎だらけの仕様となり、送られる筈のデータが大量に蓄積されて停止している。

 当時のメンバーに聞きたくても、既に彼らは会社におらず、そして当時の仕様書を見ても通信をどのように変更したのかは不明だった(書いてなかった)。

 仕方なく、サーバの状態と通信の謎めいた仕様を保守担当マネージャーに伝えた。


「という状態なんですけど」

「困るよ。淡島さんが入れた通信でしょ」


 確かに最初は私が入れたけど、私の知らないうちに変更されてるんだから、そこまで責任は取れない。その理屈で言ったら、美容師が客の髪を染めた後に客が勝手に自宅でブリーチして失敗したのを「お前が最初に染めたんだから、お前がどうにかしろ」というのがまかり通るではないか。


「知りませんよ。だって資料もないし」


 相手が大きな溜息をついた。この人も元々関係はないのに、人事異動で担当者にされてしまった不運な人である。同情はするが、だからといって優しくはしない。


「お願いします、かりすお嬢様。どうか調査していただけないでしょうか」


 物凄い下手に出られた。なりふり構わないとはこういうことである。


「断られると、俺は凄く困るんです」

「断っても無意味なんでしょう?」

「そうしたら、もっと言葉遣いが丁重になるだけです」


 どこまで丁重になるのか少し気になるが、良い年したマネージャーが平社員にペコペコする姿なんて誰も見たくないだろう。大人同士、互いのプライドはへし折らずにいきたいものである。


「わかりましたよ、やりますよ。その代わり、この作業については上司に話通しておいてくださいよ」


 そうして再びサーバに向き直った。

 調査は実に三日間に及んだ。周囲も「あいつ、いつまでやってんだ?」と怪訝な眼差しを向けるが、助けてくれるわけではない。何故なら、誰もこの病院の通信仕様がわからないからである。勿論、私も含めて。


 せめて、リプレースの時に直接話をしていれば。せめて、仕様書さえちゃんと残っていれば。せめて、稼働後に少しでも彼らと連携が取れていれば。

 そう考えても後の祭り。サーバの中にはエラーログが元気に蓄積していく。

 どうにか、謎の仕様が発生した理由と解決策を考えだした時には、サーバのドライブがエラーログで破裂しそうになっていた。


「もうこの病院、嫌です。全然わからないんだもん!」

「俺だって嫌だよ!」


 二人で不平不満を並べながら、どうにか通信のエラーを削除して、元通りに近い状態にすることが出来た。やれば出来ますね、と苦労を二人で労いながら、帰り道に祝杯を上げた。


 間接的に関わっていた仕事は、前後関係が複雑になるか不透明になるので嫌いだ。だったら多少キツくても、最初から直接関わっていたほうが気が楽である。そうすれば少なくとも、訳のわからない物を訳のわからない状態で押し付けられることは無くなる。


 「元通りに出来た」と思ったのに、謎の仕様により本来とは逆の動作を始めてしまったアプリケーションのログを、夜中にメールで送られることだって、無くなる筈なのである。

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