仕事上がりの説教タイム
「お前、今後自分がどうしていきたいか、ちゃんと考えたほうがいいぞ」
飲み屋の座敷にそんな声が響く。
私は海ぶどうをプチプチ噛みながら、真剣な顔で熱弁を振るう男を見た。
「部署も変わって、上司も変わって、これからだって気合入れる時だろ。なのにお前は「自分が前の部署では役立たずだったから」とか言ったよな。そういうのは今の部署に失礼だろ」
他の人たちも笑いながら頷いている。
皆、その手には酒があって、美味しそうなつまみも沢山並んでいた。しかし皆、酒が結構回っているので箸の進みは遅い。部長がふらふらと掴んだカツオの刺身は醤油皿の上に落ちた。
私も食べたいが、今はどうも動きにくい。
「真面目に考えろよ。こうして怒られるうちが華なんだぞ。皆に黙認されるようになったら終わりだからな」
海ぶどうは山葵醤油だった。ツンと来る辛みが好みである。
泡盛がよく合うだろうなぁ、と思いながらも一向に減らないオリオンビールを飲む。炭酸の抜けた温いビールは拷問だ。ぷちぷちぷちぷちと海ぶどうと戯れながら時間をやり過ごしていると、男が言葉を止めて立ち上がる。お手洗いにいくようだった。
男が部屋を出ていくと、すかさず彼が踏みつけていたドリンクメニューを取った。これがずっと欲しかったのだが、あまりに熱弁を振るっているので口を挟む暇がなかった。ついでに彼の肘辺りにあった刺身盛りからカツオを一切れゲットする。
「彼も成長しましたねぇ」
泡盛のラインナップを見ながらそう言うと、課長がケラケラと笑った。
「かりすさん、随分あいつには手を焼いていたからね」
「本当ですよ。新人の頃を知ってますから。いやぁ、成長するって素晴らしいことです」
嫌味抜きで言いながら、店員を呼ぶためのブザーを押すように向かいの人に頼む。先ほどまで説教の矛先にいた若手は、ぼんやりとしたまま動かない。うん、だから怒られるんだよ、君。周囲が見えていないって。
「まぁあとは無断欠勤が直ればいいんですけどね」
結局、自分でブザーを押す。
飲み屋での仕事の説教は、他人事だと気が楽である。
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