褒められたくない

 ヘルプのつもりで現場に行ったら、何も出来てなかった。そんなのは最早当たり前のように起こる。

 インフルエンザの蔓延する二月。静岡の病院に呼ばれたのは、「女性の説明員が欲しいから、普段とは別システムの説明に来て」という、どうしようもないものだった。


 私は操作説明くらいなら、他のシステムもカバー出来る。そういう人は多い。要するに日常的な人手不足によるものだ。居酒屋で言えば、ホールの子がキッチンに入って賄い作るようなものである。


 現地に到着すると、元々の担当システムのサーバが初期状態だった。傍には当惑する若手。


「どうしたんですか?」

「実は、医師から物凄く要望が出てて……でもどうしたらいいのか」


 別に放っておいてもいいが、これから説明する相手は医師である。

 恐らく、こちらのシステムについても突っ込まれるだろう。

 仕方ないので、空いている時間で手助けした。


 二日間、本来の仕事とその手伝いをずっとしていたら、途中から営業が来てプロマネと話をしていた。

 稼働一週間前でこの状態はやべぇ、みたいなよくある会話だった。こんなのがよくある時点でソフトにおかしい。

 プロマネが他に呼ばれて離席すると、営業は暫く私の作業を見ていたが、徐ろに口を開いた。


「操作説明に呼んだ淡島さんだよね(初対面)? なんでサーバの作業してるの?」

「このままだと動かないからですよ」


 営業はとても驚いていた。

 私もとても驚いた。何故現場の状況も把握せずに、ヤバいヤバい言っているんだ。

 その後、疲れた顔でプロマネが戻ってきて、私に来週の稼働立会にも来て欲しいと言ってきた。まぁいいですよ、やりますよ。


 翌週、案の定山積みの作業を片付ける羽目になった。

 淡島さんが来るからいいやー、じゃねぇよ、やっておけよ、と内心で悪態をつきながらも淡々と処理していたら、また営業が来た。

 前回同様、私の作業を見ていたが、プロマネが戻ってくると、首を傾げながら問いかけた。


「彼女みたいに優秀な人を早めに呼ぶことは出来なかったの?」


 お褒めいただきありがとうございます。

 しかし私はこんな混沌とした案件に何ヶ月も関わりたくありません。


「淡島さんは東京の人だから、あまり地方に呼ぶと部長がいい顔しないんですよ」

「でもN君なんかより有能じゃない。彼女呼んでおけば、こんな土壇場になってお客さんから怒られまくることもなかったんじゃないの?」


 褒めないで。延泊になる。

 私が働くのは、早く帰りたいが故だ。こんな、飯を食うのにもこまる場所に一週間いるのは嫌だから、少しでも早く帰りたいだけなのである。

 なんだったら最終日には昼飯食って即帰宅、くらいのノリでいる。


「来週も来て貰ったら?」

「………そうしますか」


 そうしないでほしい。私をおうちにかえして。

 断りたいけど、帰ったところで仕事はない。「ここの仕事したくないから嘘ついて帰りました」なんて、社会人に有るまじきことである。すぐバレる。


「淡島さん、来週空いてる?」

「残念ながら空いてます」


 無事に延泊が決定した。

 もう二度と、あの営業の前で仕事を頑張らないことにする。頑張ったら命取りだ。私はナマケモノの如く生きたい。

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