忘れないでどんな時も
生まれつき色白である。おまけに引きこもりがちなものだから、日焼けもしない。日焼けしても肌が赤くなって終わりである。肌だけでなく目も色素が薄いので、夏の日差しで涙を流すこともしばしば発生する。
先日、地黒の妹に「色白の人って、なんで風呂上りに発光するの?」と聞かれた。知らん。どうやら私は発光体だったようだ。
日差しに涙を流していた数年前の夏。
とある海沿いの病院で仕事をしていた時である。
そこの病院は元はさほど大きくなかったが、景気がいいのかシステムリプレースに合わせて増築を行った。増築した分、端末が必要になるので発注がかかり、営業はかなりご機嫌だった。
納品した端末は、後で問題が起きた時や故障した時にわかりやすいように、「これはうちの会社で納めたXXという端末ですよー」と判別するためのシールを貼る。その番号をこちらで管理して、問い合わせがあった際に番号を確認し、「9階の感染隔離室にある端末ですね」とか照合する。
そのシールは稼働前に貼ることになっているが、あまり先に貼ってしまうと配置換えなどが会った場合に混乱するので、ギリギリまでSE側で保管する。メンバの中にインフラ担当のHさんという男性がいたので、その人が一括管理をしていた。
ある時、プロマネがあまりの暑さに耐えかねて飲み会を提案した。このままじゃ稼働するまでに夏バテで死ぬ、とかよくわからない理由だった。でも海沿いのビアホールでお酒が飲めるらしいと聞き、俄然皆の興味も沸く。
日付を決めるために予定を確認していると、一人が「あれ?」と呟いた。
「この日なら皆空いてますけど、Hさんはお休みですね」
「いや、会社から休むように言われているだけだから、飲みには行きますよ」
酒好きのHさんは嬉々として予定表に何か書き込んでいた。
そして当日。仕事が終わって駅まで皆で移動すると、Hさんが既に待っていた。家でごろごろしてから来たらしい。いいなぁ、なんて皆で言いながらビアホールへ。
まだ時間が早いために空いていたが、雰囲気の良い店だった。
皆ではしゃぎながら、乾杯をして飲み始める。この時のメンバは皆酒飲みだったので、次から次へジョッキが空いた。
「皆、飲み過ぎるなよー。明日は端末設置だからな」
「じゃあHさんに呑ませちゃ駄目ですよ。設置図とシール持ってるんですから」
そんな会話をした二時間後には、皆完全に出来上がっていた。
特にHさんの千鳥足ぶりは凄かった。チャールズおじさんだって、あんな絶妙なターンは決められまい。そのぐらい酔っていた。
「大丈夫ですかねぇ」なんて言いながら、各々帰路へつく。明日は端末設置で身体を動かさなければ。夏のアルコールは飲み過ぎるのが良くない。
そう思った、十時間後。現場にはHさんだけ来ていなかった。
プロマネが苦い顔をしてやってきて、一言呟いた。
「Hさん、鞄を紛失したって」
それを聞いた時に私はあの千鳥足を思い出し、それも無理からぬことと思った。
だが、事実はその想像を斜め上に行った。
「一昨日、失くしたらしいよ」
「一昨日? って休む前?」
酒好きのHさん、一昨日帰る時にも居酒屋に寄って、前後不覚になるほど飲んだらしい。
そしてその帰路で鞄を紛失したのだが、財布と携帯と家の鍵だけは持っていたので、特に困ることもなく帰宅。そのまま爆睡。そして飲み会に参加していた。
鞄の紛失に気がついたのは今朝のこと。
つまりHさんは仕事用の鞄がないことに丸一日以上気付かなかったことになる。
全員、あまりに想定外のことに言葉も出なかった。そしてシールと鞄も二度と出てこなかった。
その病院の端末設置がどうなったかは押して図るべし。コピーって本当に大事だと思う。
この話を書いた理由。
Hさんが今年も同じことをやって、めでたくクビを切られたから。
皆様もお酒には注意して欲しい。
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