Smells like……

 ベッドでゴロゴロしながら出来心で某アイヌ金塊漫画の一巻を電子書籍で購入したら、半日後には既刊を全て買っていた。電子書籍は罪深い。本屋に行くという手間を消してくれる。

 因みに家のベッドではなく、ホテルのベッドである。

 偶に「一月三日に切り替えで、一日には作業があるけど二日には作業がないよ」という日がある。要するに二日は何もないけど、家に帰るわけにも行かないという微妙な日となる。


 私がアクティブな人間なら、外に出かけてしまうのだが、生憎と非常にインドアなタイプである。大体、スーツ姿でうろつく趣味もない。前日にコンビニで食料と酒を買い込んで、後は「起こさないで下さい」の札をドアの外に掛けて寝てしまえば、翌日は只管に怠惰な生活を送ることが出来る。


 そんなわけで電子書籍で次々と金塊漫画を購入しては読み、気が向いたら酒を飲んで飯を食うという、あとはニートだったら完璧な生活を楽しんでいたら、社用電話がバイブレーションを部屋に響かせた。

 発信者がこの案件のプロマネだったので出てみると、何やら焦っていた。


「現地のサーバがストップしたらしいんだよ」

「再起動してないんですか?」

「現地に俺達が来てるのは病院も知ってるんだから、知らん顔ってわけにもいかないだろ」


 それもそうだ。人間、大事なのは誠意である。


「だから各システム担当のうち代表一名、これから病院に行ってサーバの点検を行うから」

「各システム」


 じゃあ私か。いや、行くのはいいんだけど、思い切り胃の中にアルコール入ってる。顔が赤くなっているわけでもなければ千鳥足でもないが、酒を飲んだ後の口臭というのはすぐには消えない。

 悩んだ挙句に、女であることを盾に取ってみた。


「化粧するので、二十分後でいいですか?」

「二十分で足りる?」


 足りる足りる。寧ろ余る。

 結婚式に出るんじゃないんだから、平素の、しかも出張先での化粧なんて最低限しかしない。五分もあればフェイスパウダーまで叩き終わる。

 問題は酒を飲んだ痕跡をどう誤魔化すかなのだ。別に飲んでることは皆わかっているだろう。私については皆が「自堕落でチェーンスモーカーで酒好きなオタク」ぐらいに認識している。別に間違っていない。

 だが、だからといって酒臭いまま行くのは違うだろう。競馬好きだからって競馬新聞を読みながら仕事する奴はいない。パチンコが好きだからって必勝法動画を再生しながら仕様書を書く奴もいない。いや、この理屈だと酒を飲みながら仕事をしていることになるけど、まぁ兎に角言いたいことは伝わると思う。仕事とプライベートは切り分けたいのだ。


 電話を切って、すぐに荷物の中を漁る。

 持っててよかった、マウスウォッシュとブレスケア。こういうこともあろうかと常備している。嘘。別のホテルで貰ったのをそのまま放置していただけだ。でも役に立ったから万事良しとする。

 口の中をすすぎながら、顔に下地クリームを塗っていく。折角酒を飲んで楽しかったのに、全部台無しである。現地に行かなくて済む人が羨ましい。


 二十分後に、スースーする口の中を持て余しながらホテルのロビーでプロマネを待っていると、別システムの担当者がマスクを付けたままやってきた。「災難だねー」と、何処か他人事な言葉と共に、微かにブランデーの匂いがした。

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