伝言ゲーム失敗

 アプリケーション開発と言うと、馴染みのない方にとってはボタンを押したり、コンボボックス(プルダウンとかよく言われるやつ)を使って、視覚的に操作するものしか浮かばないかもしれない。

 だがそういったものが存在しないアプリケーションも多く存在する。というかこの仕事の場合、そっちのほうが重要なことが多い。


 例えば、レントゲンを撮影したとしよう。その情報はサーバに保管され、しかるべき手段で見ることが出来る。撮影した人は勿論それがいつ頃サーバに保管されるかはわかるが、離れている場所にいる人はそうもいかない。

 サーバに画像が保管されたタイミングでメールなどで知らせてほしい、という要望が結構存在する。その場合に使われるアプリケーションは、大抵の場合は画面がなく、サーバの中で見えない状態で動いている。


 先日、画像が追加されたらデスクトップに通知が飛ぶアプリケーションを開発に作成してもらった。いつもは中堅プログラマが手掛けることが多いのだが、今回は新人がアサインされた。

 出来上がったものを社内でテストし、問題がないことを確認。それを持って現地に向かい、通信テストを実施した。

 ちゃんと社内でテストして動いているのだから、現地でテストしなくてもいいじゃない? と思う方もいるかもしれない。だが、所詮テストで使うのは「常識的なデータ」でしかない。現地には予想もつかないデータが多く存在する。


 テストを行っているうちに、いくつかのデータが取得に失敗することに気が付いた。

 画面が存在しないので、エラーなどはログファイルから追うしかない。現地に有能なテキストエディタが入っていることは少ないので、チカチカする画面と睨めっこしながら、どうにか原因を探り出す。

 送信した電文を見ると、どうやら半角スペースが大量に含まれていて、そのせいでエラーになっているようだった。しかしこれは実際に病院で使われているデータなので、手を加えることは出来ない。改竄に値するからである。

 じゃあこれを別の記号に入れ替えて、「ここは半角スペースが入っているので、エラーにはならない」ということをシステムに認識させれば良い。


 決まれば行動は早いもので、その数秒後には会社に電話を掛けていた。若手開発君に、今の現象を説明した後、対応策を提示する。


「半角スペースあるでしょ。それをハットマーク(^)に変換してほしいんだよね」

「わかりました。すぐに出来ます」


 十分後、修正したものがメールで届いた。

 素直な若手だなぁ、と少々感動しながらサーバの中のアプリケーションを入れ替える。そして、先ほどエラーになってしまったデータを使って、もう一度テストを実施した。


 またエラーになった。

 まだ何か足らなかったのかな、と首を傾げつつログを見たところで、思考がフリーズした。


 待って待って待って。

 半角スペースを「ハットマーク」にしろって言ったじゃん。

 なんで「ハートマーク」になってんの。

 診断名や骨の部位にハート付けるなよ。狂気だろ。

 大体、これ全角。半角を全角にするな。文字数二倍になっちゃうでしょ。環境依存文字だし。


 様々なツッコミが頭の中を飛び交う。

 私の活舌の問題だろうか。それにしたって何か疑問には思わないのか。いや、若手はこのぐらい素直な方がいいのかもしれない。

 キャレット(同じ意味)って言えば通じたのだろうか。それですら通じなかったらどうしよう。

 携帯電話を握りしめたまま考え込む。画面に沢山表示されたハートマークが、私を嘲笑する口の形に見えていた。

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