暇つぶしとコーヒーショップ

 さて、女性の少ない職場であると、営業の仕事に付き合わされることがよくある。これは心理として「男を連れて行くよりも女のほうが受けが良い」からだ。実際、年配のお客さんの中にはまだまだ、女性のシステムエンジニアというものを信用しないというか、所詮お飾りだと信じている人が多い。

 稼働立会などで操作説明をしていると、「説明員さんなの?(要約:説明専門の仕事なのか)」と聞かれることも多々ある。まぁ私は根が怠け者だから、それを聞いても特に怒りは感じない。「そうなんですよー」とか言っておけば、「ここを直してほしいんだよね」とか言われないで済む。


 二年目だったか三年目だったかに、営業に連れられて製品説明をしに行ったことがあった。病院に到着すると、丁度緊急オペが入ったということで、二時間ほど待つことになった。と言っても病院の中で二時間も待つのは苦痛である。幸い、少し大きな駅が近くにあるので、そちらに向かった。

 営業さんは洒落たカフスボタンを弄りながら、駅前の拓けた場所を見回す。


「喫茶店でもあるといいんだけどね」

「スタバならありますよ」


 私がそう言うと、営業は妙な顔をした。

 バブル期を銀行マンとして生き抜き、あと五年もすれば定年を迎える、常に洒落たスーツにネクタイ、磨き込まれた革靴にブランド物の眼鏡を装着した営業は、スタバに入ったことがなかった。

 一方、当時新人に毛が生えた程度の私にとっては、スタバは高級な部類である。そのころは世の中に一杯八百円する珈琲を提供する店があることなど知らない。


 多分、営業からしたら若者がガヤガヤと騒がしいスタバには入りたくなかったに違いない。そもそも、喫茶店のジャンルにスタバを含まない。それでも若い私を気遣ってくれたのだろう。入ることに合意してくれた。


「僕、初めてなんだよね。頼み方教えて?」

「そこのカウンターで注文するんですよ。で、赤いランプの下で受け取ります」


 簡単に説明してから、先に注文カウンターへ向かう。

 カプチーノにモカシロップ追加、チョコレートソースで〜、といつも通り注文。ランプの下で待機する。確かペンギンラテとか言うらしいが詳しいことは忘れた。お気に入りの飲み方である。

 それに遅れること数分、営業も注文を終えてやってきた。


「メニューに書いてあるものが殆ど理解出来なくてねぇ。フラペチーノって何?」

「えーっと」


 私もあまり詳しくないので、色々誤魔化しながら説明する。まぁ甘いものです。某タレント曰く、中国の仙人が甘露甘露って飲んでたやつです。と阿呆みたいなことを話していたら、店員さんがカウンターの中から声を上げた。

 注文内容を繰り返しながら、丸いテーブルの上に商品が置かれる。

 全く同じものが二つ、そこに並んでいた。


「全然わからないから、君の真似してみた」

「マジっすか」


 そのあと、物凄く釈然としない顔でモカシロップ入りカプチーノを飲む五十代男性が私の目の前にいた。

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