サーバコンソールが開けません

 突然だが、サーバ室と聞いてどういう光景を思い浮かべるだろうか。

 整然と並んだサーバ、フラットな床、色とりどりの配線、不規則に光るランプ。

 多分、ドラマや映画ではそういうサーバ室が多いだろう。だが私は、そんな綺麗なサーバ室を見たことがない。少なくとも、ひしゃげたダンボールが一個もないサーバ室を見たことは皆無である。


 積み上げられたダンボール、外されて放置されたサーバラックの扉、大量の古いキーボード、黄ばんだ紙束、座る場所と思しきクリアケース。そういったものが雑然と詰め込まれたサーバ室を見ることが多い。


 これが自分の会社のサーバだけある部屋であれば、もう少し綺麗に整えているだろう。だが他社のサーバラックや荷物が一緒に置かれている状況が当たり前であり、そのような環境では勝手に片付けたり、位置を変更することも出来ない。そして廃棄物もサーバ室には「一時保管」として置かれる。十年ぐらい。いつ捨てられるかは知らない。恐らくギチギチになったワイヤーラックが倒壊した時だろう。バベルの塔みたいな物か。いや、多分違う。


 今日行ったサーバ室も、なかなかの惨状だった。狭い通路に詰め込まれたダンボールは、下になるにつれて重みに負けて歪んでいる。バグったテトリスみたいな状態を支えているのは、半壊したプリンタである。「修理中」という紙は黄ばんで破れていて、多分これが直される日は半永久的に来ない。

 それらを避けながら進んでいくと、漸く自社のサーバへ辿り着く。

 今日の目的はあるアプリケーションをインストールすることである。それはサーバ室の何処かにある。


「あれじゃないかなぁ」


 私を此処に連れてきた人が、呑気に指差した先には、会社のロゴが入ったプラケースがあった。例外なく、それも狂ったテトリスの一部になっている。積載されたマウスの山、謎の鉄板、どこかの会社の大量の取説。


「退けるんですか」


 うんざりしながら聞くと、その人は苦笑いしながらマウスが入った箱を持ち上げた。

 持ち上げたところで、下ろす先は足元しかない。近くにそれを退避するスペースなんてない。サーバ側にはコードが大量にある。そちらに積み上げでもして、うっかり大事なコードを切ってしまったら元も子もない。ソフトをインストールするどころか、我々の額を床にインサートすることになる。

 黙々と物を退かすこと十五分。漸くホコリまみれのケースの蓋が見えた。中に入っていたCDケースを開くと、目的のものはあっさりと見つかった。


 さて、問題はこれをどうやってインストールするかである。

 このサーバにはCDドライブが付いていない。いや、正確には付いているが、機能を潰されている。CDを入れるには、外付けドライブを接続するしかない。


「USBを挿す場所は……そこだね」


 指さされた先にはダンボール。

 正確には、その向こうにあるサーバの裏側である。

 そう、本来この部屋はサーバラックが部屋の中央に並んで置かれており、前後が通路になっている。だが、山積みになった諸々のために裏側にいく通路が塞がれている。そこに辿り着くには、表側の通路を真っ直ぐ進み、突き当りで曲がり、そして裏側に入るしかない。


 面倒くさい。

 大体、私は自慢ではないが、注意力が散漫で運動神経が悪いうえに手先も不器用である。原始時代なら死んでいるぐらい、野生で生きるためのスペックが低い。こんな混沌とした場所に入って、小さな小さなUSBポートに外付けドライブを接続して、CDを入れて、戻って来る。どう考えても重労働だ。

 しかし泣き言を言っても仕方ないので、CDを持ったまま狭い通路を進む。何かにぶつかったり、踏んだりしないよう、ゆっくりゆっくり進んでいく。どうにかサーバの裏側に回りこむことに成功すると、CDドライブを接続した。

 再び表側に戻り、今度はサーバコンソールからインストール操作をしようとして、扉が開かないことに気がついた。よく見ればサーバラックの上に何かの金具がまとめて置かれている。そのうちの一つががっしりと扉を噛んでしまっていた。


「あれ、私取れないですよ」

「俺も取れねぇよー」


 二人でブツブツ言いながら、棒やらガムテープやらを駆使して金具を排除する。なんか途中で小さな部品が何処かにすっとんだ気がするが、きっと気のせいだ。

 サーバ室に入って此処に至るまで、実に三十分。外は寒いというのに汗すらうっすらかいている。早く作業を終わらせてしまおうと、コンソールに表示されたインストーラをダブルクリックした。


『既にインストール済です。アンインストール作業を行いますか?』


 入ってるじゃん。

 ねぇ、入ってるじゃん。


 責めるような視線を向けた私に、相手は曖昧な笑みを浮かべる。沈黙がしばらく続いた後、その人は笑顔のまま口を開いた。


「帰ろうか?」


 汚いサーバ室と、確認不足は事故のもとである。

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