映画のロケを見た話

 新年明けましておめでとうございます。

 今年も清く正しく美しく、命大事に省エネルギーで生きていきたいと思っております。目指せ、脱社畜。


 今年は年末年始の仕事がなかったので、あまり見かけなかったものがある。それはドラマのロケだ。特にクリスマスから大晦日あたりは人通りも減るので、ドラマとか映画のロケをしているのを都心でよく見かける。

 今年はクリスマスに某教会のあたりを通りかかったら、有名な刑事物のロケが行われていた。イケメンと美女の組み合わせが颯爽とコートを風になびかせて石畳を歩いて行く。一昔前ならキャーキャー騒いだだろうが、生憎と社畜は心がカサカサなので「またロケかよ。遠回りしなきゃな」くらいの感情である。もっと湿り気のあるハートを取り戻したい。


 数年前の年末、都内某所で仕事をしている時のこと。

 煙草を吸いに外に出て、煙を吸っては吐き出すだけの有機物と成り果てていると、近くの趣のある石階段で何かのロケをしているのが見えた。

 一緒に煙草を吸っていた仕事仲間が「あれなんですかねぇ?」と尋ねてくる。何やら制服を着た若い男女がイチャイチャしてるようだが、よく見えない。見えないし、見たところで芸能人はわからない。

 それでも手にしていたスマフォでSNSを漁ったら、思いの外あっさりと情報が出てきた。少女漫画原作の純愛ラブストーリーで、ヒロインが人気の若手女優、相手役が時代劇で人気となった凛々しいイケメン俳優。丁度その名シーンのロケをしているところらしい。


「純愛ですって」

「淡島さん、そういうのないでしょ」

「あったら此処で仕事してないでしょ」


 煙と愚痴を吐きつつ、遠くに見えるロケを眺める。少女マンガなんてヨーヨーを操るスケバンのしか知らないので、特に話の膨らませようがない。それでも黙っていると寒くて死にそうだったので、お互いが知っている「漫画やドラマの純愛」話に華を咲かせ……ようとしたのだが、相手とは十歳離れている上に性別も違うから、いまいち噛み合わない。


「でもやっぱり純愛ってキュンキュンしますよね」

「そうですね。なんか青春を思い出しますし」


 若干発言に無理があるが、せめてもの寂しい年末に潤いを与えるために、お互い頑張って純愛物の話を膨らませる。

 学園モノがいいだとか、途中の噛ませ犬は男のほうが燃えるだとか、なかなかに年齢が露呈する話をしていると、ロケが一端休憩に入ったようだった。我々の煙草も丁度良いタイミングで燃え尽きる。

 では戻って、憂鬱なCSVデータチェックでもしますか、と踵を返したところで、相手が思い出したように言った。


「そういえば、今朝も此処でロケしてましたよ」

「え、なんですか?」

「ナンパモノ大人向けビデオ」

「マジですか、超気になる〜!」


 後日該当の代物を確認すると、ヒロインとイケメンが睦言を交わしていたあたりで人妻がナンパされていた。

 我々の心はカッサカサである。

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