雪の降る町を・・・(上)
某巨大企業内にある施設で仕事をしていた時のこと。
ある平日にマネージャーが休日出勤のお誘いをしてきた。常日頃土日の用事なんてゲームしてるか酒飲んでいるかだけなので、快く引き受けた。
そして当日の日曜日の朝、東京には雪が降っていた。
自宅から駅まで車を走らせながら、面倒臭さに舌打ちしそうになるも、辛うじてそれを飲み込む。駅では「雪のせいでダイヤが乱れてます」と書かれた黒板が、雪で濡れていた。ど田舎というわけでもないが、割りと寂れた駅なので人も少ない。待合室なんて洒落た物もないので、寒い中、いつ来るかわからない電車を震えながら待つ。昨夜の深夜から降りだしたという雪は、屋根のないホームを白く染め上げていた。寒いなんてものじゃない。もう痛い。痛すぎて鼻が震える。
漸く来た電車も、いつものようにスムーズには動かない。進んでは止まり、止まっては進み、電車の窓から見える景色はずっと変わらない。電車の暖房はやる気がないのか、私の上空を素通りしていく。足元によこせ。我に力を。
いつもならとっくに終点についている時間になっても、まだ電車は五駅も手前にいた。
その時、社用携帯が鳴る。出てみるとマネージャーが申し訳なさそうに「実は雪が降っていて遅れてるんです」と謝罪した。奇遇なことに私も雪で遅れている。
まぁどうせ今日は大した作業でもないし、のんびり集まりましょう。そう告げてから一時間後に、私は漸く目的地に着いた。
見渡す限りの白だった。
仮にも二十三区。巨大企業の看板を掲げている場所にも関わらず、人っ子一人歩いていない。道路に積もった雪も車のタイヤなどで蹂躙された痕跡もなく、ゆるふわハッピーな真っ白な姿を晒している。
何故だろうと考えてみて、理由に思い当たる。
此処は半径十キロぐらいが全て「巨大企業」と「関連施設」と「社員寮」に占められてしまっているのである。そして工場は日曜日は休み。要するに元々日曜日は、このあたりの交通量というのは平日の何十分の一になってしまうのだろう。そこに雪である。ただでさえ少ない通行量はゼロに近くなってしまい、それでこんな景色が出来上がったのだ。
……ここを通り抜けないといけないのが、非常に憂鬱である。
スーツにブーツという出で立ちだが、雪なので傘は差していない。防寒も防風も適当この上ない。だってそうだろう。どうせ皆が通って雪を踏みしめているだろう、という根拠のない自信があったのだから。
真っ白な雪を踏みしめる。どこを踏んでいるのかわからない。これは横断歩道か。それとも側溝か。あるいは道端のゴミかもしれない。変なものを踏まないように祈りながら道路を渡る。渡っている途中に信号が二回変わった気がするが、轢かれなかったのでオッケーである。
寒さに震え、つま先に染み入る雪の冷たさでおかしくなりながら、作業場所についた。マネージャーはいなかった。休日だから暖房も入っていない部屋は寒くて仕方がない。いつもは禁止されているが、今日ばかりは緊急ということで許されるだろうと、勝手に室内の暖房を入れた。だって死ぬ。ロフトでパトラッシュが呼んでる。
雪が降るときの独特の静寂が耳に痛い。
濡れた靴下を脱いで、持ってきた代わりのものに足を通す。脱いだ靴下を両手に持ってブンブン振りながら水を切っていると、マネージャーが入ってきて目が合った。
ヘイ、ベイビー。これがニューヨークスタイルだぜ。 (続く)
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