そういう日もある
電車に乗っていたら、初老の女性が話しかけてきた。
「この電車はXXに行くかしら? 暗くて見えないのよ」
暗いのは貴女がかけているサングラスのせいなのでは? と思ったけど、素直に教えてあげた。横に座っていた上司も同じことを思ったらしく「取ればいいじゃねぇか」と小さく呟いていた。
だが偶に推理物でも「色付きレンズをかけていたから、白い服の犯人がコバルトブルーに見えたんです」的な話が散見されるから、存外人は、身近にあるものに対して意識を払わないのかもしれない。
某月某日。とある現場で大の大人が五人揃って首を傾げていた。
サーバとサーバでも通信テストを実施していたのだが、どういうわけだか通信サービスがうんともすんとも言わない。サービス画面から何度「開始」を押下しても、ログの一つも吐き出さないのである。
「設定が悪いんじゃないの?」
「このフォルダが読み取り専用とか?」
「アプリケーション本体のプロパティを確認してみようよ」
各々そう言いながら、試行錯誤を繰り返す。なのにサービスは動いてくれない。我々の焦燥も苛立ちも知ったことではないとばかりに沈黙している。きっと将来は大物になるに違いない。
困り果てていた時に、私の携帯が鳴った。表示窓には今回の案件に関係ない人の名前が出ている。またどこかの問い合わせか、と思いつつ電話に出た。
案の定、別の案件の相談の話だったが、その話の最中に「実はサービスが動かないんですよ〜」と冗談交じりで愚痴を零した。私を除いた四人は、まだ動かないサービスと格闘している。
電話の相手は「へぇ」と興味なさそうに呟いた後、心底どうでもよさそうに続けた。
「それさぁ、サービス起動しているつもりで、別のもの起動してるんじゃないの?」
流石に馬鹿にするにも程がある。
このサービスは毎回現地に入れている。今更、間違えるはずもない。
そりゃ一覧にはサーバに入っている全てのサービスが列挙されてるから見にくいけど、だからといって……。
あ、動いてないや。
すぐ上にある、どうでもいいようなサービスが起動してたわ。
どのぐらい意味がないかというと、ピザを宅配してもらおうとして蕎麦屋に電話するぐらい意味がない。いくら「ピザ持ってきて」と言ったところで、相手はどうすることも出来ないのである。
正しいサービスを選択してから「開始」を押下すると、今までの苦労が何だったのかと思うぐらい、あっさりと動いた。私を含めた五人は、自分達の節穴っぷりに絶望して、暫く声も出なかった。
慣れているからと言って、自分の行動に疑問を持たなくなったら駄目である。
人間は間違える生き物だ。つくづく実感した。
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