シェービングに行った話

 最近仕事も忙しいし、地味にストレスも溜まるしで肌がくすんできた。肌がくすむと、ただでさえ冴えない、身内からは「魚の親戚」と言われる顔が余計に悪化する。こういう時は顔剃りである。シェービング専門店で顔に生えた産毛とこびりついた古い角質を落としてもらうと、化粧水の浸透率も感触も段違いになる。

 欠点はシェービングしてもらった後に化粧が出来ないことであるが、まぁ別にそのまま帰宅すればいいだけだ。誰も私の顔なんか見ていない。そんなことよりも肌がスッキリするのでオススメ。


 年末年始が数カ月先に迫って来た。今年も私に正月というものはない。

 することはまだ山ほどあるのに、どんどん追加されていく日常にはほとほとうんざりする。お陰で買ったゲームも出来ないし、創作も進まない。頭の中ではいくつも話が思いついているが、多分これは現実逃避というやつである。絶対、いざとなったら書かないに決まっている。


 先日も仕様書をゴリゴリゴリゴリ書いていたら、横から誰かに話しかけられた。偶に現地作業を一緒にする人である。


「話しかけていい?」

「どーぞ」


 断りを入れるのは社会人の基本である。外面の良い社畜なので、正直、今は止めて欲しい時でも、一応「オッケオッケ」と返答をする。唯一拒否するのはトイレに行く時ぐらいだ。流石の社畜でも恥じらいは持っている。漏らすのは良くない。


「来週空いてる?」

「空いてますよ」


 どこかの現地作業だろう。いつものことだ。

 カレンダーを確認すると、二日間は埋まっているが、後は空欄。そのどれかに入れてくれれば問題ない。


「現地行かない?」

「いいですよ。何処に?」

「えーっとね」


 何故かその人は考えこんだ。怪訝に思っていると、考えこんだポーズのままで言葉が発せられる。


「月曜日の午前中にA病院で、午後にB病院。火曜日の午後にC病院。木曜日の午前にD病院で、月曜日の続作業のために午後にA病院。それで金曜日はE病院ね」


 何だろう。私の耳がおかしくなったのだろうか。とんでもないスケジュールが提示された気がする。


「淡島さんの予定を見て、埋まってるところを避けて全部入れておいたよ」


 余計なことをしやがって。文句を言いたいけど我慢して、代わりに「はぁ」と抜けた返事をした。とりあえず表情には面倒くささを隠さない。それぐらいは許されている。

 どうやら一緒に行く予定だった人が、人事異動でチームから外れてしまったらしい。別にそれはいいが、だからといってどうして私に声を掛ける。私だって同じチームではない。


「いいじゃん、行こうよ。お昼美味しい所連れて行ってあげるから」


 食べることに無関心な人間に対して、意味のない言葉を投げかけながらニコニコしている。この笑顔は愛想とかではない。「こいつに作業押し付けられる」という喜びの笑みだ。


「他の人は空いてないんですか」

「空いてるけど、話しかけにくくてさ〜」


 知るか。

 なんだその謎の人見知りは。

 だったら私だって人見知りしたい。引きこもっていたい。自分の部屋でパソコンいじって「Hello,world!(プログラミングの基本)」を画面に表示させるだけの日々を過ごしたい。


 さっきまで空白の方が多かったスケジュール表に次々と予定を追記する。断ってもいいはずだが、まだ耐えられるところまでは耐えようと思うあたり、私の社畜たる所以がある気がする。


「代わりに手伝って欲しいことあるんですけど」


 しかし、やられっぱなしは性にあわない。そこまで優しい心の持ち主だったら、今頃捨て猫や捨て犬で、私の部屋は埋まるだろう。

 デスクの片隅にあった発注書を掴んで、まとめて相手の手に押し込む。


「これの処理お願いします」

「え、いや、これ多くない?」

「気のせいですよー」


 断ったら手伝わねぇぞ、と言外に込めて言うと、その人は何か悟ったのか、発注書を持ってそこから立ち去った。


 埋まってしまったスケジュール表を見ていたら、何だかイライラしてきた。イライラするのはよくないなぁ、と思って、パソコンを放り出してスマフォを手にする。


 こういう時はシェービングに限る。心身ともにスッキリしよう。

 というわけで、冒頭に戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る