場数が違う

 最近の更新が遅いのは、まぁお察し下さいということである。

 どうにも最近は急かされながら仕事をすることが多いので、些細な失敗が降り積もって面白くない。焦ったところでそれが何も生み出さないのは、誰でも一度は経験していると思う。エレベータのボタンを何度押したって早くは降りてこないのと一緒だ。私はエレベータを使わずエスカレータで何処か遠くへ消え去りたい。具体的には家で寝たい。


 製品説明会に同伴するように言われたのが数日前。車に乗せられたのはその直後だった。控えめに言って拉致というやつである。「車を取りに行くまで十五分ほどあるので、その間に飯でも食いましょう」とか言われて中華屋に連行されたので、あれは軽めの拷問だったのだと思う。だったら私はコンビニでオニギリでも買って車の中で食べていたい。


 車に乗せられて、二時間。ある病院で降ろされた。

 ノンストップで来たので煙草が吸いたいが、説明会ということなので我慢する。煙草臭い説明員なんてなんの説得力もないだろうと思ってのことだ。

 しかし、この瞬間まで私はある勘違いをしていた。こんな形で連れて来られたのだから、私が説明をするのだと思っていたのだ。ところが蓋を開けてみれば、説明員は私をここまで連れてきたマネージャーだった。


 ……貴方、この製品の担当じゃないですよね?

 別の製品ですよね?

 というかマネージャーってこういう時に説明員しますっけ??


 疑問が尽きない中で説明会が始まってしまった。ふと手元にある擬似サーバを見てみると、説明会用に配った資料とは相容れない設定になっていた。

 これはよくない、とコソコソ直している最中にもマネージャーは慣れない説明を続けていき、拝聴している方々から壮大なブーイングを受けている。


 違う、そこはそれを説明しちゃ駄目。

 仕様の説明なんかいいから、動作を見せないと。


 そう思いながらも、私も私で忙しい。慣れないサーバを操作して、裏から画面を操っているのだ。とてもじゃないが、口を挟む状況ではない。というか明らかに私の方が年下なので、横から説明を奪い取るのも妙な話である。


 しかしその躊躇がよくなかった。五分後、遂にマネージャーは沈黙してしまい、部屋には妙な空気が流れた。まだ設定が間に合っていない機能を必死になって操作しようとして、結局動かせなかったのである。マネージャーはそれが何故動かないかわからない。だから動かない以上説明が出来ない。


「……えー、失礼しました。デモ用環境で実装が間に合わない箇所がありましたため、紙ベースでご説明します」


 こうなったら仕方ないので、口を挟んだ。

 配っている資料を元に適当に言葉を繋ぎ、同時にサーバを操作する。どうにか説明したかった箇所を乗り越えて、再びマネージャーにバトンタッチした。


 説明会終了後、マネージャーは病院の関係者の方に物凄く叱責を受けた。「大きな声で喋りましょう」とか小学生みたいな注意をされていた。私はその横で沈黙していたが、急に話を振られた。


「悪いけど、彼女のほうが上手い。非常にわかりやすかったし、臨機応変でした」


 そりゃどうも、ありがとうございます。

 

 誤解してほしくないのは、マネージャーは有能な人だということである。

 誤算があったとすれば、担当システムでもないものを説明してしまったことだ。仕事全体で言えば、私なんかよりマネージャーの方が何十倍も優秀である。だが、このシステムに関して言えば、私のほうが「場数」が圧倒的に多い。部屋に入るなり「何しに来た。邪魔だ帰れ」と言われながらも挫けず訪問を重ねたり、怒号飛び交う中で笑顔で説明したり、百人単位の聴衆を前に製品説明をしたことだってある。能力云々を抜きにして、単に私のほうが慣れているのだ。


 帰路の車の中で、マネージャーは胃が痛そうな顔をしながらハンドルを握りしめ、私に言った。


「やっぱり、淡島さんにやってもらったほうがよかったですね」


 そうですね。

 というか私は何のためにいきなり拉致されたんですかね。

 この人はとても優秀で真面目なのだが、もう少し周りに頼っても良いと思う。

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