スーツの替え時

 長期出張の場合、私は2週間程度ならスーツの替えは持っていかない。世の中、衛生用品は沢山あるし、一定以上のビジホにはズボンプレッシャーもあるので問題ない。

 2週間を超えると、流石に色々キツくなってくるので替えは持っていくのだが、そういう場合は「4週間出張行きっぱなしです」ではなく「2週間行って1日戻って、また2週間行きます」というパターンになることが多いから、やはり持ち歩くことは少ない。


 その1日は大抵洗濯物をグルグルと回したり、ダラダラしたり、有り得ないほどゆっくりと風呂に入ったりすることに現を抜かしてしまうので、うっかりスーツをクリーニングに出し忘れたりする。

 これは決して私がどうしようもなく怠惰でズボラなせいではなく、周囲もそのような人が多い。潔癖症で几帳面な人も、どうやら似たような生活をしていたらしい。


 ある日のこと、かれこれ5週間ぐらいの出張中(そのうち2回は帰宅している)、プロマネが煙草を吸いながら、尻のあたりをモゾモゾさせていた。40超えたオッサンのセクシーポーズは辛い。数年前に母親が髪をツインテールにしていたことがあるが、あれぐらい辛い。


「何してるんですか」

「いや、これ昨日出したスーツなんだけど、なんか痛くて」

「ケツが?」

「女の子がケツとか言っちゃいけません」


 深夜11時に難しいことを言わないで欲しい。これから徹夜だから理性とか恥じらいは全て生存エネルギーにまわしている。あと、とっくに女の子と言える時期は過ぎている。


「なんだろなー。針でも刺さってるのかもしれないけど」

「裁縫でもしたんですか」

「それはない。だってこのスーツ半年ぶりに出したし」


 半年前?

 その時も一緒に仕事していたけど、こんなスーツ着ていただろうか?


「半年前って福井の?」

「そうそう。あれに行く時に買って……。あっ」


 何か思いついた表情になったその人は、ゆっくりと手を尻から離した。


「思い出した。これ、あの出張中の時に破けたやつだ」

「あぁ、ソーイングセット無いかって皆に聞いてましたよね」

「それで無いから……落ちてた針金で止めたんだ」


 じゃあそのチクチクするのは、あの超細い針金の先ですね。

 触るとぶっ刺さるから止めたほうがいいと思います。


「淡島さん、ソーイングセット持ってる?」

「あの時も言いましたが、持っていません」

「使えないな」


 じゃあ自分で持てばいいと思う。

 まぁソーイングセットは持っているのだが、貸すような綺麗な状態じゃないので辞退しているだけだ。綺麗なソーイングセットを綺麗なままで持ち歩くような几帳面さは私にはないし、別にプロマネが尻をフルオープンで歩いていても私はちっとも構わないのである。なんだったら歩いてほしい。エッセイのネタになるから。

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