カウントダウン
朝、会社に行き、パソコンを起動する。欠伸をしながらメールを確認すると、三十通くらいあって鬱になる。別に休んでいたわけじゃない。昨日もちゃんと出社したし、ちょっと残業して帰った。その時にメールボックスは空だったから、これらは私が退社してから十二時間以内に来たメールさん達である。
うんざりしながら一つ一つ片付けていると、脅威の「午前3時」のメールがあった。差出人は向かいに座っている人だった。
え、大丈夫ですか?
なんでそんな時間に起きているんですか? 昨日休みじゃありませんでしたか?
そんな疑問が頭を埋め尽くしたが、顔には出さずにメールを開く。「朝一でこの資料を作って下さい」という、まぁまぁ切羽詰まった内容だった。いつもの私なら「嫌です」と一刀両断するところだが、差出人は血走った目で納品書を片っ端から片付けている。多分、私が断れば、その納品書がこっちに来る。それは嫌だ。私は金の計算が出来ない。
仕方なしに資料を作り始めたが、そういえば「朝一」ってどこらへんまでだろうと考える。「午後一」は昼休み終了直後の意味で周りは使っているから、朝一は始業時間の後だろう。それはわかる。しかし朝一の終わりがわからない。
「これ何時までですか」
そう尋ねると、メールの差出人は血走った目を私に向けた。絶対この人寝てない。
何度か瞬きをしてから、その人はどこか掠れた声で「何がですか」と聞き返してきた。送られてきたメールの内容を告げると、数秒の間があってから、小さなうめき声がした。
納品書の中に顔をうずめた人の口から出た声だというのは分かったが、どうにも動物じみていた。
「九時の打ち合わせまでです」
小さな声がそれだけ告げた。
もう九時ですけど? と言いかけた私を遮るように、その人は勢い良く顔を上げた。
「一緒に打ち合わせ出て下さい。資料を提示するまで、どうにか伸ばしますから! 何分でいけます!?」
「え、えーっと……十五分?」
内容を特に確認もしないのに、そう言ってしまった。私は勢いに弱い。
しかも連れて行かされた先は大会議室で、役職付きの方々が集っていた。何人かが「なんでこいついるの?」みたいな目を向けてきたが、私も謎である。
「すみませんが、終わったら合図下さい」
血走った人はそれだけ告げて、皆の前で新製品のプレゼンを開始した。
待って。平社員が出ちゃ駄目な会議なのでは?
しかし考えている暇はない。私に与えられた猶予は十五分だ。
資料の草案がメールに添付されていたため、心を落ち着かせてから開いてみると、十五分では書ききれない内容が目に飛び込んできた。
大変なことになった、と気付いたが時既に遅し。十五分のカウントダウンは始まっている。
どうにかしてこれを十分前後でまとめられる内容にまで削って、要点を強調したものに仕上げるしかない。クオリティについては何も言われなかったから、それでいいだろう。
会議に耳も傾けずに一心不乱にキーボードを叩く私を見て、周囲は不思議そうだったが、気にしている場合ではない。こっちは無茶な要求をした人を睨みつける暇すらないのだ。十五分間、私は悟ったかのような境地にいた。
ただの待ち合わせなら良いが、リミットがあるものについては、朝一とか午後一とかじゃなく、明確な時間を書いて欲しい。切にそう願う。
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