炎上の橋を駆け抜けろ

 新人時代に上司に「ちょっと炎上してるところにヘルプ行くから一緒に来い」と連行されたことがある。一年ぐらいその仕事に携わっていたのだが、どういうわけだか上司は途中で姿を消した。もっとお手軽な案件へ高飛びしていた。


 私も困ったが、もっと困ったのはその上司を呼び寄せた炎上プロジェクトのマネージャーである。問題解決してくれるはず、と期待したのに、取り残されたのはどう見ても新人の私だ。もし逆の立場だったら速やかに仕事を休む。


 そもそも何が出来るんだろう、この子……みたいな扱いを受けながら、それでも頼まれた作業を黙々と熟した。マネージャーはいい感じに壊れていたので一ヶ月ぐらいゼリーしか口にしていなかった時期などあったが、元が頑丈だったのだろう、休むこと無く仕事に来ていた。

 客に怒られ、会社に怒られ、開発には「こんな仕様で作れるか、ヴォケ」みたいな罵倒をくらいつつ、それでも耐えた。当時入社二年目の私は、今よりはかなり純粋だった。今だったら火急速やかに上司の脾臓をマグナム弾で撃ちぬいている。

 ゼリーが主食のマネージャーも、頼れるものがいない状況では、私みたいな存在でも毛ほどの役には立つと思ったのか、色々頼むようになった。


 しかし炎上どころか焼け野原。いくら人をつぎ込んだところで荒野に草花が生えることは難しい。一年ほどはがっつりと作業をして、その後も数カ月に一度のペースで呼び出されては、小火みたいなトラブルを鎮火したり、うっかりダブルブッキングしたマネージャーの代わりに打ち合わせに出たりしていた。

 だらだらとそんなことを続けていたものの、五年も経つと呼ばれることもなくなった。それ以後も偶に保守から質問などはされるが、その程度である。やれやれ一安心、と思っていたら先日、そこの案件へアサインされた。


「システムのリプレースをします」


 わぁ、そんな時期かー。

 頭の中では新人時代の地獄がダブルピースしている。あの二の舞いは御免だなぁ、と思いながら、社内ミーティングに出席した。当時のマネージャーはもういなかった。

 概要などを説明された後、新マネージャーはふと思い出したように言った。


「前回の案件の関係者は、この後残ってくれる? 現地の状況を知りたいから」


 まぁ別に出なくていいや、新人の頃の仕事だし。

 そう思っていたら、隣から肩を叩かれた。振り返ると、その案件の別システム担当者が笑顔を浮かべていた。


「淡島さん、関係者ですよね」

「人違いです……」


 前回の案件の話を取りまとめ、今のうちに片付ける必要がある問題などを抽出した。

 大体、懸案事項がまとまったところで、新マネージャーは「そうだ」と付け加えた。


「この中で、今回の病院の関連施設の稼働やった人いるよね。残って。それ以外は戻っていいよ」


 立ち上がろうとしたら、再びさっきの人に肩を掴まれた。


「一緒に稼働させましたよね」

「貴方みたいな勘のいい人は嫌いです」


 同じようなことをあと二回繰り返した結果、最終的に勘のいい人と私と、その他一名しか残らなかった。何だろう、私はもしかして物凄い貧乏くじを引いたのではないだろうか。

 仲間がゲット出来た勘のいい人は隣でニヤニヤしている。死なばもろとも、火中に飛び込め。但し道連れは一人でも多く。そんな表情に見えた。被害妄想である。


 最近はマネージャーから「旧案件チーム」と呼ばれるようになった。勝手にチームにしないで欲しい。早く解散したい。勘のいい人は私を「リーダー」とか呼び始めたので、早くサブリーダーを見つけ、引退試合をしたいと思いつつ、今日も新案件と旧案件を同時進行で片付ける。

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