心が折れるより先に
まだ入社三年目くらいのころ、どこの馬鹿がラリってハイになって決めたのか知らないが、国内最大レベルの病院の案件に担当者として回された。
冷静に考えても、勤続十年以上の第一線にいるような人がやるような案件だった。
上司も先輩もおらず、担当システムにたった一人。他のシステムは三人以上いるのに、私だけ一人である。孤独。
どんなに頑張っても一人の仕事量と三人の仕事量は違うのに、「淡島さんだけ進捗が遅い」と言われる始末。ふんぞり返っているマネージャーは「あの子使えないね。ちゃんと仕事してくれないと」とかほざく。だったらテメェがやれよ、と喉あたりに出かかった言葉を飲み込んで、仕事をし続けた。
いくら私の精神が強靭でも、誰一人味方がいない状況では限界がすぐに迫ってくる。
家に帰るのはいつも日付が変わってから。「疲れたよパトラッシュ……」と言いたくても一人暮らしである。クタクタになった「人を駄目にするクッション」に駄目人間がしがみつくだけだ。
本格的に心がバキリと折れそうになるのを煙草とコーラで誤魔化し続けて数カ月。
ある日のこと、寝ていたら騒音に叩き起こされた。
何かと思って目覚めた瞬間に音は止み、私はその正体を察した。
いびきだ。
私は今、自分のいびきが煩くて起きたのだ。
一人暮らしの部屋でゲラゲラと思う存分笑った後に、私は起き上がった。なんだか、そこまで追い詰められている自分が無性に可笑しかった。
仕事に行ってからも思い出し笑いを繰り返していたら、別システムの人が「こいついよいよヤベェ」と思ったのか、飲みに誘ってくれた。それまで私は仕事上がりに人と飲むということはして来なかったのだが、数週間ぶりに仕事以外の話をされたことで舞い上がって、他にもメンタルがボロボロの人を二人連れて飲みに行った。
愚痴を言いまくって酒を飲んで、互いに「わかる〜☆」とか言い合った。
確か、仕事が終わってからだったので、たかだか一時間と少しだったと思うが、それでも非常にスッキリした。なるほど、これがストレス解消というものか、と産まれて初めて理解した。
酒を飲んでストレス解消なんて馬鹿らしい、と思っていた自分を殴ってやりたい気分になりながらも、そこで私の強靭な精神は回復した。
それから怒涛の稼働を乗り越え、私は一人でやり遂げた。
しかし、どうにも年輩者達は信じられなかったらしい。数カ月後にそこで起きたトラブルの原因をこちらのシステムの不具合だと決めてかかってきた。
こっちはそのシステムのソースまで読み込んでるんだ。間違いなく、そのトラブルの原因は違うシステムだ。わかったら開発にでもなんでも聞きやがれ。
それをビジネス的な敬語と共に返したところ、マネージャーは私のことを「生意気」だの「辞めさせる」だの息巻いていたらしい。しかし、私にはそのあと何の咎もなかった。当たり前だ。散々私のせいにしてきた人が担当していたシステムに原因があったのだから。
「ねぇ、今どんな気持ち?(トントン)」のアスキーアートが脳裏に浮かび、とんでもなくスッキリと私の溜飲は下がった。
あれは若さと怒りと勢いだけで、どうにかなったのだと思う。イビキと飲みがなければ、多分あそこで私は終わっていた。
その後、マネージャーは「あの子が三年目で出来たんだから」と別の四年目や三年目に同じような案件を振って、見事に全員潰した。可哀想だとは思うが、私のせいではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます