移動距離総計:215km

「ワテに死ねゆうとりまんのかーー!」

「そうだす!」


 みたいな某金融漫画のペーパーブックを買って在来線に乗った年の暮れ。クリスマスは終わり、町は年末に向けて忙しい。

 時刻は昼前であるが、既に私はある病院で仕事をしてきた後だった。


 三日前のこと、前に関わったことがある病院が引越しするとかで、救援を頼まれた。いつものように「淡島さんしかわからないので」という、ブラック企業お決まりの文句である。

 まぁ端末を置き換えて動作確認するだけだから、いいですよ。なんて引き受けたのが運の尽きだった。

 その前日に現場に行った私に叩きつけられたのは「通信規格が変わりました」というお茶目な言葉だった。

 そんなの即日対応出来るわけないだろ、と夜中まで必死にやったが、病院の都合で翌日にならないと導通確認が出来ないと言われた。


 マネージャーは申し訳なさそうに「明日も来てください」とか仰る。

 用事がなければそれでもいいが、私はその翌日に別の病院の接続テストを控えていた。

 その接続テストを頼んできた人をBさんとしよう。Bさんはとても気難しい人である。別に普通にやってれば問題ないのだが、臍を曲げると一年間ぐらい曲がってる。


 私以外にも接続テストが出来る人はいるのだが、その人はBさんの臍を折り曲げて日が浅い。私がいかないと、今度は上長に迷惑がかかる。

 ではこちらの病院を別の人に行かせようとしても、それは前述の通りである。

 困った私は煙草のタールを肺に思い切り吸い込んで、吐き出して、コーラを口に含んで、飲み込んだ。


 午前中に千葉の病院で通信規格の確認と準備。そのあとBさんがいる東京は多摩の方の病院へ向かって接続テスト。その後千葉に戻る。それしかない。


 移動時間は計三時間。

 年の瀬に私は何をやっているのか。

 考えたくもないので買ったのが、冒頭の漫画である。


「後生や、これがのうなったら、ワイは首つるしかおまへんー!」

「その気なら何でもできまっしゃろ! 死になはれ!」


 と暴論もいいとこなストーリーを無心で読み漁る。私も必死なのだ。精神衛生を保つために。死ぬ気になればなんでも出来るのは間違いないだろうけど、私はまだそんなテンションになりたくない。


 多摩に降り立ち、Bさんの待つ病院に行くと、機嫌が良い彼は労いの言葉などかけてくれた。これで機嫌が悪かったら世も末だ。


「ごめんね。俺だけじゃ手が回らなくて」

「いえいえ」


 速攻で仕事を片付けて、作業報告書をまとめる。朝飯前である。朝飯食ってないけど。

 ゴリゴリと文字を書いていると、Bさんが時計を見ながら話しかけてきた。


「このまま直帰?」


 我々の業界には「見て見ぬふり」がある。やることさえやれば定時じゃなくても帰っていいのだ。しかし私は否定しながらボールペンをノックした。


「実はこういう事情で、千葉に戻らなきゃ行けないんですよ」

「え? ごめん、そんな事情なら言ってくれれば良かったのに」


 お詫びなのか、好きな珈琲を奢ってくれた人に礼を述べて、そのまま駅へとダッシュする。

 走っている途中、なにやら電話が鳴っていたので取ると、千葉にいる人からだった。


「いつ着きますか!?」

「二時間後かな!」


 それだけ告げて電話を切る。私は忙しいんだ。今から千葉に行かなければいけないのに、余計な電話をしてくるな。

 十二月は師走。師匠も走れば雑魚も走る。社畜だって走るのだ。

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