【閑話】踊る君を見てる
忙殺されてた夏が過ぎ、過ごしやすくなってきた初秋の頃。
大学時代に入っていたサークルの元代表がメールをしてきた。
飯でも食おうぜ、奢るから! という貧乏人ホイホイな文面に承諾して、赴いたのは品川だった。
「久しぶり! 元気だった?」
そう言いながら現れた相手を見て、私はふと疑問を感じた。
あれ? そもそもこの人と私って仲良かったっけ?
一年の時の四年の先輩だし、学部も違うし、殆ど絡みがなかった気がする。
基本的に私は鈍い。というより頭が悪い。
よく考えたらおかしいことも、なんとなくで流してしまう。だから社畜なんかになるのだが、それはそれである。
高そうな、でも庶民向けのイタリアンに入り、席に着き、メニューの中から一番高いパスタを注文する。
「今何してるの?」とか、よくある話の後に、その人は満面の笑みで切り出した。
「実は最近、いい人に出会ったんだよね」
「女性ですか?」
「そんなんじゃないよ。人生の先輩とも言うべき人かな。Aさんって言うんだけど」
語り出した元代表は饒舌だった。
その人に出会って人生が変わった。目から鱗が落ちた。今まで誰も思いつかなかった方法で商売をしていて、それに関わらせて貰っているetc。
「その商売で儲けてさ、その人は港区にマンション持ってるんだ。あとほら、この写真を見て」
見せられたのはスナップ写真の山だった。
映るのは青い空、それを映した美しい海。その境界のように横たわる白浜。
「一年の半分はここで暮らしてるんだよ。俺も連れて行ってもらったけど、ここの夕焼けはまじで人生変わったね。まじ俺を導いてくれたAさん、尊敬する」
何度人生変わってんだよ、と思いながら写真をめくる。
確かに綺麗な写真だが、人が一切写ってないのは不自然ではないだろうか。
「ここに土地を買って、別荘を建てたんだよ! まじ最高だった!」
「その人、日本人ですか?」
「え? そうだよ」
私の記憶では、この国は外国人が不動産を買うことは出来ないはずだ。不思議だなー。
「かりすちゃんもさ、一度この人の話聞いてみない? 本部のセミナーがあるんだ」
そう言いながら、その人は今度は分厚い本を差し出した。いかにも自己出版な本を手に取るも、めくるのも嫌なほど装丁が荒い。
「これ、分厚いけどすぐに読めちゃうし、読んだあと人生変わったよ」
もう変わりすぎて一周するんじゃないだろうか。
あぁ、面倒くさいと思いながら、私は本をチラ見した。何でプロポーショナルフォントなんだよ。分かってないな。
「読むの何日かかりました?」
「一日かな」
「これで一日かかるなら、本を読む才能がないんじゃないですか?」
パスタが来たので、それを啜りながら私は適当に、極めて適当に話し始めた。
「先輩は本を読む時にまさか両目で一行を追っているんですか?右目で右ページ、左目で左ページを読まなきゃ話になりません」
「え、なにそれ?」
「先輩、経営学部だから知らないかもしれませんね。文学部では常識です。こんな本なら五分もあれば読破します」
「それ、大学で教えてもらったの?」
「えぇ。経営学部より文学部の方が学費が高いのはこのせいです」
パスタはあまり美味しくない。というか、壁に掛かってる写真が、さっき見たスナップ写真と同じな時点でお察しだった。
生粋のペペロンチーノ好きとしては、この乳化もしてないペペロンチーノが許せないので、ベラベラと話し続ける。
「先輩、本を人に薦める時は相手がいかに興味を引くかが重要です。今は若者の活字離れが嘆かれる時代です。理由はわかりますか?」
「国語力の低下?」
「違います。読むのに時間がかかるからです」
アラビアータを食いかけで、ビックリする先輩。なかなか愉快な顔だ。
「この技術と共に売り込むことで、もっとこの素敵な本を皆に読んでもらえるのでは?」
「確かにそうかも……」
「同じサークルのよしみで教えますよ。どうですか?」
一時間後、何故か入る前より中身が潤った財布を持って、私は店を出た。
大丈夫かな、あの先輩。騙されやすすぎて後輩は心配です。因みに文学部の方が学費が高いのは卒業要件単位が多いからです。
翌週、サークルのOBOGの集まりがあったので顔を出してみると、何人かがあの先輩の勧誘にあったことを話していた。
一人など、先輩の「尊敬するAさん」と一緒に「超能力セミナー」みたいなものにまで行ったらしい。あとで調べたら、死人まで出した体育会系カルト宗教で、慌てて先輩を着拒したと言っていた。
「あの人、かりすにまで勧誘したの? 大丈夫だった?」
「はぁ、飲み代は稼ぎました」
そう答えると、その人は「うわ、こいつやべぇ」みたいな顔をして離れていった。大丈夫です、合法です。
どうやら彼女に振られて会社をクビになってから、あの怪しげな商売にのめり込んだらしい。社会人は孤独になりやすいというから、そこに付け込まれたのだろう。
ふと、携帯を見ると例の先輩からメールが入っていた。
何故か私が「セミナー」に行く前提の不思議な内容になっていたので、速やかに着拒した。何に嵌っても結構だが、人を誘わなきゃ出来ないことはやるべきではない。
しかし、それとは別にすぐ下の後輩からもメールが入っていた。
なんだよ、お前も品川でご飯か? と思いながら開いてみると、「FXで大損して学費が払えなくなったから貸してくれ」という内容だった。
このサークルは馬鹿しかいないのか、と軽く絶望した。私もその中の一人である。
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