強靭なハート

 精神、転じてハートが強靭であることは、何度か述べた。

 しかし世の中、上には上がいる。よく一緒に仕事している人は、とんでもなくハートが強い。強すぎて逆に怖いレベルである。


 どんな仕事でもそうだが、失敗をしたら叱責される。客仕事なら、不備があればクレームが来る。一切それがない仕事というのは私は知らない。今までそれらが発生していない幸運な人はいるかもしれないが、同じ仕事をしている誰しもがその幸運を持つわけではない。


 あまりハートが強くない、ふわふわマシュマロな人間なら、落ち込んでしまって数日は溜息の日々だろう。さらに弱ければ、会社に来なくなってしまうかもしれない。

 普通の人間なら、少し反省してから復活する。嫌だな、と思いながらも対応すると思う。

 ハートが強靭な人間は、反省は取り敢えず後回しにする。あるいは即座に切り替えて対応する。死なば諸共、玉砕覚悟だ。


 しかし、これを上回るハートの強さがある。

 それは「一切気にしない」能力を持つハートである。

 「気にしないようにしよう」とか心をコントロールしているわけではない。本当に気にしていないのである。何を言われても、どんなクレームを付けられても、皆に苦言を呈されようと、「困ったねー」で終わりだ。


 三年前に初めてその人と組んだ時、本気で驚いた。

 あるシステムに重障害が起きて、お客さんに呼び出しをくらったうえに、一時間くらい叱責された。人格否定レベルの叱られ方をして、流石の私もちょっと堪えた(この仕事は「日本語わかる? 理解する頭ある?」ぐらいの嫌味は序の口である)。

 しかしその人は、終わった後に喫煙所に直行して、煙草を口に咥えながら私に尋ねた。


「今度の菊花賞、何に賭けるー?」

「え? サ、サトノラーゼンですかね」

「俺、キタサンブラックー」


 その時、確信した。この人はバケモノだ。

 それを皮切りに色々な仕事で一緒になった。私が確信した通り、その人はどんな場面でも一切心を動かされることなく、どんな叱責もクレームも完全なる「他人事」として受け止めていた。昨日受けたクレームも、今日は酒を飲む日だから明日やろう、なんて何度やったかわからない。

 一緒に仕事する側としては恐怖である。ある時はマネージャーが「どうなってるんだよ、あいつ!」と嘆いたし、同僚から「どうにかして下さい、あの人」と言われたこともある。どうにか出来るなら三年前にしている。

 その三年のあいだに、キャバ通いで借金を作って、それを気にも止めなかったから自己破産までしちゃっていたが、本人は相変わらずだ。ちょっとは気にして欲しい。「自己破産すると暫くクレカ作れないんだって。知ってた?」じゃない。知りたくない、そんなこと。


 反省とか成長は、その当人が意識をしないとどうしようもない。

 あの人には何も通用していないのだから、周りがどんなに嘆いたところで時間の無駄である。

 同期や後輩、先輩たちが次々と心を病んでいく中、あれくらい心が強かったら、仕事も楽しくなるのかなと思う。しかし、そうなりたいかと言われると話は別だ。

 今日も私は人並みに強靭なハートで打撃を打ち返す。

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