アリバイ工作

 移動の多い仕事である。

 一週間に東北三県回って、同じ再放送を三回見たこともある。まぁいつ見ても、原チャリの旅は面白いから構わない。


 時々、スケジュールを組むのに失敗して、妙な移動を生み出すことがある。

 この業界ではお約束で、人の予定表を見て「ちょっとこれ、A案件無理矢理入れたでしょ」だの「これ、Cの打ち合わせ忘れてたらしいですよ」などと面白がるのが一種の様式美になっている。他人のスケジュールを把握するのも仕事のうちなので、決して好奇心だけではない。


 ゴールデンウィークが終わって、少し暑さが増してきた日のこと、暇を持て余してJavaScriptを弄くり回している私のところに営業部長がやってきた。

 ある案件でデモンストレーションをする必要がある。打ち合わせも一緒に行うから人手が要る。暇なら一緒に来てほしい。そんなことを言ってきた。日付を聞きながら自分の予定表を確認した私は、その前日にあたる箇所に「仮予定」という文字を見つけた。

 「予定は決まっていないけど、一応抑えておいて」と言われた時に使う言葉だが、一体何の案件だったか思い出せない。確認するから少し待って欲しいと相手に伝えて、私はメールの山を漁り出した。数分後、一つのメールと記憶を無事にひきずり出した私は、ある人に電話を掛けた。


 数分後、私は営業部長のところに行き、同行できない旨を伝えた。

 仮予定だったのは、北海道でのサーバ構築作業だった。それに対して営業部長の持ち込んだ仕事は石川県である。しかもデモは午前十一時。とてもじゃないが間に合わない。

 申し訳無さそうに告げる私を前にして、営業部長はにこやかに告げる。


「心配はいらないよ。構築は夕方には終わるんだよね? となると、そこからタクシーを利用して、XX駅に向かい、乗り換えを……」


 営業は饒舌に語りながら、手元のノートに何かをガシガシと書き込んでいく。そして最後にそのページを破り取ると、私の手にそっと置いた。


「これなら北海道から石川県まで最短距離で移動出来るよ」


 私は公共機関を駆使してアリバイ工作をする殺人犯か。

 なんだこの「X駅の北側エスカレータを昇って、すぐに下ることで人が少なくなるから南側エスカレータを使ってショートカット出来る」とかふざけた裏ワザは。一体私は誰を刺し殺して、誰の目を欺くつもりなんだ。どうせ最後は崖の上で犯行を認める羽目になるんだろう。知っている。


「北海道の仕事も、こっちから話は通しておくよ! 安心してこっちに来て!」


 頼もしすぎて涙が出そうになる。そこまでして私を呼びたいなら、北海道の仕事に代わりに行ってくれ。そんな言葉を飲み込み、私はノートの切れ端を大事に手帳に挟み込んだ。いつか殺意が抑えきれなくなったら、これを使おう。そう思いながら。

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