【閑話】自堕落とお見合い

 仕事以外の話もしてみようキャンペーン発動中。

 今後、こういう話には【閑話】とタイトルにつけるので、社畜エピソード以外は不要な方は目印として欲しい


 あまり褒められた生活をしていない。酒飲んで煙草吸って、馬の走りに心震わせる日々である。見た目は割りと地味なので、余計に堕落が目に余る。

 ある日、行きつけの小料理屋でママ相手に煙草を吸いながら趣味の話に花を咲かせていたら、常連さんが話しかけてきた。某大企業のお偉いさんまで昇りつめ、今は海外支店の管理などをしながら悠々自適な毎日を送る、喜寿間近のおじいさんである。ベトナムで買ってきた珈琲などお土産として手渡しながら、その人はおもむろに切り出した。


「知り合いの息子さんが三十半ばなんだけど、女性に縁遠くてね」

「はぁ」

「よかったら、会ってみないか?」


 嗚呼、このパターンか。

 私は見た目が地味なので、どうも年上の男性方から「身持ちの固い真面目な女」と思われることが多い(本当にそうなら、甚平でうろつくものか)。そしてこういう妙な話を人種問わず持ち込まれる。確かこの前は、台湾でホテルを営むマダムだった。日本で働く甥に嫁を探しているとか言っていた。だったら立ち飲み屋ではなく、もっと良い場所で探せと思ったのは内緒である。

 いつものパターンだなぁ、と思いながらも一応話だけ聞いてみる。何事も会話術を磨くチャンスではあるからだ。


「どういう方なんですか」

「真面目でね。顔も悪くない。学歴も東京のほうじゃ有名なところを出ている。趣味は車でね。ドライブを休日にするんだ」


 そりゃ不真面目で不細工で趣味は下着泥棒です、みたいなのを薦められても困るのだが、この手の話は半分くらいは盛っていると思っている私は、笑顔で相槌を打った。言ってもこの人の社会的地位と所属は大したものである。半分は盛っていても半分は本当かもしれない。


「お仕事は何を?」

「その子の父親がボクの後輩でね。製鉄業を運営しているんだ。そこの跡取り息子だよ」


 なんだか妙な雲行きになってきた。


「年商は十億だから、とても大きいってわけじゃない。でも田舎の方に土地も多く持っていてね、そちらからの収入もあるんだ」


 携帯電話を取り出して、その人はある写真を表示して見せた。

 なんかローマの神殿の一部をもぎ取って金粉をまぶして蔦を這わせたような家が映っていた。車に疎い私でも知ってる高級車がズラリと並んでいる。


 これは駄目だ。こういうのは罠だ。


 だってこんな大きな家や沢山の車を持っていて、先程言ったようなスペックの男性が、女性に縁遠いなんて有り得ない。万一そうだとして、小料理屋で煙草ふかしてる女なんかと付き合うはずがない。

 メンソールの煙を吐き出しながら、ママに緑茶ハイのお代わりを注文する。ママは「いいじゃない、玉の輿〜」なんて言いながら空いたグラスを持っていった。他人事だと思って。ママだって私と同じ感想は抱いているに違いないのに。


「会ってみる?」

「あー、そうですねぇ……」


 ふと考える。この話がもし、全て本当だとしたら?

 紹介される男性に瑕疵は無く、会社の運営も順調で、専業主婦ぐらいいくらでも! な環境が与えられるとしたらどうだろう。悪い話ではない。

 しかし、もしそうなったら、きっとこうやって煙草を吸って酒を飲んで、カウンター越しにママと馬の話に興じることなんて出来なくなるだろうし、そもそも暑い日に甚平で夜道をうろついたりも出来なくなる。そういう生活は想像出来ない。


「今、恋人いますんで……」


 口からデタラメを吐き出して、その話を断った。

 とりあえず私の架空の恋人は潜水艦に乗っていて、年に二度しか帰ってこないという設定にしておいた。趣味はダーツ、好きなものは納豆ご飯。今頃、ロシアあたりを漂っていることだろう。次に会う時までに、その人が私の「恋人」のことを忘れてくれるのを祈るばかりである。

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