いやしかしなぜに・後

 因みにこの題名、好きな歌の歌詞から取っている。歌っていたボーカルが亡くなった時は淋しかったものだ。あの声が好きだった。声というのは素晴らしい財産だと思う。美声、可愛い声、そういう物に憧れた時期もあった。


「女性ですよね?」


 電話口の向こうで男性が確認する声がした。例の電話面談である。

 苗字しか伝えていなかったので改めて名乗ったのだが、それまで向こうは私を男だと思い込んでいたようだ。声が低い自覚はある。話し方も女性らしくはないし。

 というか女性でも男性でもいいだろう、そんなものは。素行調査や浮気調査をしているわけでもないのだから。そう思っていると、電話の向こうの人は簡単な自己紹介と電話の目的、所要時間の目安などを説明した後に切り出した。


「淡島さんは、Mさん(例の人である)とはご年齢が離れてますが、どのようなご関係で?」


 早速来た。確かに気になるだろう。逆の立場だったら私もそれは聞く。

 さてMさんは私のことを「同じ会社で一緒に仕事をしたことがある人」と伝えているはずだ。ここは別の会社の人間なんですよ、てへぺろー! とか言っちゃいけない。


「配属先にいた、直属ではないですが上司のような方で、新人時代から色々教えてもらっていました。他の業界は存じませんが、弊社ではよくあることです」


 クリア。口八丁だけで乗り越えてきたSE舐めるな。

 電話の向こうで「なるほどー」なんて言っているのを聞きながら、私は白い息を吐き出す。岐阜の二月は寒い。病院の外しか電波が届かないので出てきたが、火急中へと戻りたい。


「Mさんがお辞めになる理由は聞いていますか?」


 糞会社早く潰れろって言ってたからです。

 違うな。これではない。


 経理に給与の計算ミスを指摘したら「全社員に知らせるような形で言うのはどうかと思う」と言われたからです。

 違うな。これは私が会社辞めた理由の一つだ。


「詳細は伺っておりませんが、以前から興味のある分野だったと伺っています」


 これもOKだ。私の肌は今や象のように分厚い。

 まぁ就職活動の時を思い出せば楽勝だ。いい感じに盛ったことを話しておけばどうにかなる。大体、私が少し変な受け答えした程度で落ちるなら、そことは合わないということだ、Mさん。


 その後も無難な答えで切り抜けていった私だが、相手も流石に経験豊富な人事。若造のそんな受け答えぐらいは予想済みだったのだろう。電話の向こうで咳払いをすると、急に今までと違う質問をぶつけてきた。


「Mさんの欠点はなんでしょう?」


 え、何その質問。欠点とか聞くんだ。

 うわー、困ったな。


 しかし私はそこで詰まるほど若くはない。「例えばそれは性格的な面でしょうか?」などと特に意味もない確認事項で時間を稼ぎながら、頭の中でMさんの欠点をオブラートに包んで、砂糖をまぶして、壁にぶつけて丸くする。

 そして意を決して口を開いた。


「少々こだわりの強い面があります。一つの手法を長く使い、実績も残す反面、アクシデントなどでそれが使えなくなって困惑しているのを何度か見ました」

「それが原因で他者と揉めたりなどは」


 しましたー!


「揉めるというと語弊があります。その場合、Mさんは話し合いなどで軌道修正をする力を持っていますが、一人でやっているときより時間がかかってしまうという意味です」


 すっげぇ揉めましたー!

 ある人とMさんが揉めに揉めまくったから、板挟みになって辛かったですー!


「なるほど。質問は以上です」

「私の話した内容はMさんには伝わりますか?」

「いえ、伝わりません。だからこそ率直な意見を伺っているわけで」


 じゃあもうちょっとオブラート剥がしておけばよかったー!


 電話を切った私は、煙草を口に咥えて火を点けた。途中からヤニ切れなのか寒さなのか嘘をついている罪悪感か知らないが、膝がガクガクしていたのである。


「何の話してたの?」


 真横でその電話を聞いていた仕事仲間が疑問符を浮かべていたが、「あとでね」と言って私は思い切り煙を吸い込んだ。あぁ、ニコチンが染みる。

 もう二度とこんなことを引き受けるものか、と固く心に誓った。


 しかし良いことをしたお陰か、翌日には仕様ミスで使えなかったアプリケーションが、どういう理由かは知らないが無償で修正されて手元に届いた。神様、ありがとう。

 やはり人間、善行は積むべきである。

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