いやしかしなぜに・前

 理想の女性は枢斬暗屯子様だと豪語してはばからない私であるが、いついかなる時も平常心と義勇の魂は忘れずにいたい。嘘です。義勇は無いです。にしても一緒に働いた人に対して一定の情みたいな物はある。


 転職率が多いのはSE業界の性である。アパレル、飲食、SEぐらいの順で転職率が高いのではないだろうか。調べたことはないけど。

 エッセイの中身を見て「こんな仕事をしているなんて正気じゃないな」と思う人もいるかもしれない。実際仕事をしている人もそう思うようで、転職すると半数は同業他社に行くが、もう半分は全く別のところに行く。きっと良い思い出がないのだろう。


 岐阜で仕事をしていた、まだ雪も降るような二月の半ば。

 よく仕事を一緒にしたことがある人が、突然電話をかけてきた。この人は常日頃から所属している会社をボロクソに貶しては「早く潰れろ」と念仏のように唱えている人である。

 電話に出ると、どこかウキウキとした口調でその人が話し出した。要約すると以下の通り。


・会社を辞めることにした

・今までと全く違う業種に行く

・その会社では、一緒に働いていた人に電話面接を行い、面接者について質問をする

・理想は上司とか同僚

・その役目を引き受けてくれないか


 さて、ここで大事なことがある。

 私とその人は別の会社の人間である。あと、年齢もかなり離れている。上司でもなければ同僚でもない。

 同じ会社の人に頼んでくれ、と言いかけて口を閉ざす。この人は非常に頭が良いのだが(暗算で10進法を16進法に一瞬で変換できる)、その反面物凄く気難しい。人付き合いが苦手で、好き嫌いが激しいのである。ぶっちゃけて言うと、社交性が低い。

 なのにどういうわけか、私のことは気に入っている。他の人には無表情で接するのに、私が行くと笑顔である。

 つまり、頼む相手が私しかいないというわけだ。


 どうしようかな、と少し考えこんだ私の目に飛び込んだのは、目下重大な仕様ミスが発覚したプログラムだった。修正するには金がかかる。だが修正する金はない。

 そのプログラムを作っているのは、この電話の相手である。


 だからなんだという訳ではないが、数分後に私は承諾をした。

 その人はとても喜んでくれた。私もとても嬉しい。人助けとは良いものだ。


「で、その電話はいつ来るんですか?」

「都合の良い日のお昼頃だそうですよ」


 お昼頃に都合が良いことってあるか? 昼は煙草吸うので忙しいのに。

 まぁ仕方ない。これもお世話になった人のためだ。煙草はちょっと我慢しよう。


 二日後に、その電話は掛かって来た。

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