ビープ発生装置

 先日のことである。

 出張やら何やらで会社に寄り付かずにいたら、数週間経過していた。

 このままでは新人に忘れ去られてしまうなぁ、とどうでもいいことを考えながら、久しぶりに会社に行った。


 「淡島が会社に来ているということは、今日は休日か?」という笑えないブラック(企業)ジョークに「なんてこった。大学院では暦の見方は必修科目に入ってないのか」と詰まらない応酬をしていたら、バーコードリーダを渡された。

 どんな人でも一度はスーパーやコンビニで見る、バーコードを読み取る機械である。


「これの設定変えて欲しいんだけど」

「あぁ、いいですよ」


 バーコードリーダなんて、バーコード読むだけだと思っていた時期が私にもありました。

 実際には読み取った情報をどうやって数字や文字に変換するかとか、読み取ったあとにEnterをつけて確定まで行うとか、意外と設定することが多い。

 だからバーコードの種類が変わると、バーコードリーダを変えなければならないこともある。


 まぁ暇だし、やってみるか。と、バーコードリーダと説明書を受け取った。

 設定したい項目を確認しながら、説明書を捲ったが、そこで手が止まった。

 説明書が、馴染みのない言語だった。


「あれ? 英語版は?」


 バーコードリーダに日本語の説明書が付いていないことはザラにある。

 しかし、英語か中国語のものは大抵ついているから、ニュアンスと検索でどうにか出来る。「アナタが設定を確信して決定したい時、それは真実か尋ねるのがそれです」みたいな言葉を翻訳ツールが叩き出してくるが、意味はわかる。

 しかしこの言葉はなんだ。

 よくニュースとかで見る記憶かあるから、アラビア語とかの類だろうか。

 でもこんなのどうやって翻訳サイトに打ち込むのだろう。文字コードどれ?


 悩みながら椅子に腰を下ろした私は、まず手始めにバーコードリーダの型番をインターネットで検索した。

 ネットから説明書をダウンロード出来ることがあるからだ。

 しかし随分古い機種だったようで、説明書はダウンロードできなかった。


 説明書には設定用のバーコードと謎の言葉が並んでいる。

 バーコードリーダの設定は、バーコードを読むことで行う。要するに設定情報が含まれたバーコードだ。「これを読み取ったらエスケープ文字付けますよ」とか「これを読み取ったら設定を確定しますよ」とか、色々ある。それがわからないことには、設定のしようがない。


 仕方ない。

 私は意を決して社内を見回した。皆、黙って仕事をしている。

 よし、この空間に彩りを添えてあげよう。


 ピッ


 バーコードリーダの音に何人かが顔を上げる。私は気付かない振りをして、説明書のバーコードを読み取っていく。

 要するに、説明書を読んでもわからないなら、実際に設定してみればいいのである。

 持っていたお菓子のバーコードを横に並べて、設定したらすぐにそちらを読み取る。エラーが起きたらやり直し。起きなかったら、ちゃんと読み取れたか確認する。


 ピッ ピピッ

 ビビビーッ


 ビープ音が煩いことこの上ない。

 しかし私が悪い訳では無いので許して欲しい。

 延々と続くビープ音に、社内の人達が心底迷惑そうな顔をしているが、文句は言ってこない。遊んでいる訳では無いからだ。

 この音に平然としているのは向かいに座る上司ぐらいだった。そりゃ似たようなこと何度もしてるから慣れますよね、と思いながら次のバーコードを読み取る。


 悪戦苦闘が十分ほど続いてから、上司がふと顔を上げた。


「それの設定、俺知ってるけど」


 早く言え。

 早く言え(二回目)。


 会社でただの騒音装置になっていたじゃないか。どう責任取ってくれる。

 苛立ちを込めながら上司の煙草のバーコードを読み取ったら、けたたましいビープ音が社内へと響き渡った。


「あと、淡島さん役職つきになったから、総務に言って名刺取り替えてね」


 早く言え(三回目)。

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